試されるオタクたち(咲月視点)
『黒井さん、見ましたか! 追加特典!!』
「見たよワラビちゃん、これ初日に行かないとダメじゃない?」
『最近は特典を切らしたりしないと思いますけど……無かった時のショックはヤバいですよね』
私とワラビちゃんはTwitterを見ながら頭を抱えた。
今大好きな映画が公開中なのだが、ついさっき追加特典を発表したのだ。
最近は数週間ごとに特典が追加されるのが当たり前になっていて、そのたびに劇場に行ってるけど、推しには無限に課金したいので何の問題もない。
今回は設定資料が載っている小冊子と特製フィルムだ。
小冊子は資料になるし絶対に欲しい。何なら資料用と保管用二冊欲しい。
最大の問題は、この日はもうすでに他の映画を予約していたことだ。
「池袋の映画が終わるのが14時30分……新宿の映画が15時……行ける?」
『30分……絶妙な時間ですよね、ううーん』
私とワラビちゃんは同時に呻いた。
もうすでに予約してるほうの池袋の劇場は、東京最大のIMAXシアターだ。
出来た時にワラビちゃんとワクワクと出かけたが、スクリーンのデカさが尋常ではなく大興奮してしまった。
そこでMTUの映画を見たのだが、何度も見た映画なのに別の映画のように見えた。あれ以来「これは!」という作品は初日に近所の映画館で見て、タイミングを合わせてワラビちゃんとIMAXに見に行っている。
課金にもなるし、その後池袋で美味しい物も食べられるし、もう最高!
発売と共にど真ん中の最高の席を押さえているのでキャンセルはありえない。
私はマップサイトに池袋の映画館から、新宿の映画館への移動を入力する。
最近は徒歩も入れて計算してくれるからありがたいけど……。
「デターー! 23分だって。いやいや、池袋の映画館から駅のホームまで8分で行ける?! どんなオタク忍者よ」
『これあれですよ、IMAXシアターが最上階で、そこからエレベーターとかエスカレーターに乗ることは加味されてないですよね』
「そうだよね、最上階だから毎回すごく並ぶよね」
『劇場がデカすぎて、簡単に出られませんし』
「でも劇場で見た余韻を味わいたいからエンディングテロップの時に立ち上がるのは絶対無しだよね」
『無しですよ~~~!』
検索するときに、ビルの〇階からの移動……とかも入力出来たら正確なのに……! と思うけど、そんなの劇場の混み方にも寄るから難しいよね。
私は特典だけもらえればそれで良い系統のオタクではなく、特典を貰って、ちゃんと劇場でもう一度見たい系のオタクだ。
だって大好きな作品は何度劇場で見ても新鮮な発見がある。
それに劇場で流れている期間は予想以上に短いのだ。
推しを大きな画面で何度だって見たい!
だから開始時間に間に合わないのは辛すぎる。
通話の向こうでワラビちゃんが覚悟を決めた声を出す。
『黒井さん、もう諦めてこの朝七時半からの回に行きましょう』
その言葉に私はうな垂れた。
実は最近映画館はやたら朝早く公開する時があって、この映画にもそれがあった。
この事態になった瞬間に公開時間を確認してそれを確認していた。
でも……でもね。
「ワラビちゃん……朝七時半に新宿の歌舞伎町に到着するなんて、出社するより早いよ!」
『私だって朝は辛いですよ、夜型星人ですから!!』
「……そうだよね、そのワラビちゃんが決断したのね……じゃあ私も頑張るよ!」
『私が席取りますから、朝七時半に劇場集合しましょう』
「わかった!! 特典のために頑張ろ!!」
決めた私たちは腹をくくった。
特典を100%ゲットするためにはこうするしか無いのだ!
そして当日の朝。
朝は六時半……会社に行く時は七時すぎなので三十分も早い。
朝弱いのはワラビちゃんだけじゃない、私もだ。眠くて起きられる自信がないので五分ごとにアラームをかけて強引に起きた。
そして適当に服を掴んでフラフラと家を飛び出した。もう出てしまえば行くだけ、頑張れる!
いつも満員の通勤電車とは違う……休日早朝の電車に乗り、少し眠った。
そして少し元気をチャージして新宿の映画館に向かった。
すると映画館の前でもうワラビちゃんは待っていた。
偉い!
「おはよう、早いじゃん、すごい!」
「板橋に頼みました。問答無用で起こしてくれって。布団から投げされましたよ!」
「超有能、めっちゃ感謝じゃん」
「そこまでしろって言ってないんですけどねえ~」
ワラビちゃんは「はあ~」と分かりやすく首を振った。
いやいやでも、それくらいしないと起きないよ?
映画館の入り口に向かうと、もう20人ほど並んでいた。ちなみにチケットは朝の回には珍しいソールドアウト。
やっぱり早く来て良かったとしか思えない。
もし一つもゲットできなかったら、どうしてあの時努力しなかったのだと長くションボリする所だった。
分かってる、今日配る冊子はBlu-rayの予約特典で一緒に入ってくる、その確率は高いんだけど、それでも『劇場で配られたもの』も欲しい!
そして開場と共に中に入り、特典をゲットした。はあああ、嬉しいいいい!
フィルムは毎度おなじみの銀色の袋に入っていて中が見えない……見たい、開けたいっ!!
新宿の映画館はエスカレーターがすごく長いのだ。見たくて仕方がない。
そんな私を見てワラビちゃんが静かに首を振る。
「……黒井さん、昔、ここでその袋を開けた時の惨劇、覚えてますよね」
「覚えてるよ、だから我慢してるじゃんーー!」
私は叫ぶ。
昔フィルム特典がもらえる時に中を見たくて我慢できずにエスカレーターで開けたら、なんと細いフィルムが手元からヒラヒラと落ちて行って、エスカレーターに刺さってしまったのだ。慌てて取ろうとしたらバランスを崩して、危うく落ちるところだった。
あんな危険なことに、二度となりたくない。周りのお客さんにも迷惑だ。
だから我慢してシアターに入り、慌てて席に座り、銀色の袋をビリビリと開いた。
「ワラビちゃん、これあれだ、ふたりの出会いのシーンだ」
「黒井さんにしては大当たりじゃないですか。私は……建物です」
「ちょっとまって、いやいや、ほら、小さく主人公載ってるよ!」
「小さすぎますよ、うわああん!!」
「でもほら、冊子の方は最高だよ、めっちゃいいよ、これ、震える」
「黒井さん、これちょっと、もう一冊欲しいですね」
「メインキャラだけじゃなくて、サブキャラも載ってるよー!」
「やばい、これあとでじっくり見ましょう。あっ、過去作のポスターも載ってる!」
私たちはそれを見て最高に盛り上がった。
会社行くより朝早くて正直「つら……」と思ったけど、疲れが一瞬で吹き飛んだ、ありがとう特典!
もうワンセットゲットするために、もう次の予約をその場でした。
はあ~~推しが尊い。
そのまま映画を見て、池袋のIMAXに移動することにした。
私はスマホを取り出して顔を上げる。
「ワラビちゃん、時間測ろうよ。今度またこういうことになったら、本当に23分で行けるかわかるじゃない?」
「普通に歩いて行きましょう。サンプルデータにならないですからね」
ストップウオッチON。
そして普通の速度で歩きながら新宿のシアターを出た。新宿駅に向かい、池袋まで移動して券を引き換え、エスカレーターでIMAXシアターに到着。
ストップウオッチを見たら……35分。
思わず私は叫ぶ。
「やっぱり無理だったんじゃん!」
「黒井さん、でもこれ、走ったらアリなのでは?」
「走りたくないよ!」
「まあそうですね。これからも30分の移動は無理ってことにしましょう。何かあったら困りますし」
走っても電車一本で明暗が別れるし、やっぱり博打すぎる。
私たちは「何より走りたくないよね」と頷きながらシアターに入った。
入ってすぐの所にあるのが、一番前にゴロンと横になって見る席だ。
この席……何を見るのか全くわからない……というか、横になった瞬間に眠る自信しかない。
ワラビちゃんは「宇宙に漂う映画とか見るんですかね?」と呟く。
確かにアリだけど、それはそれで別のアトラクションのような……?
映画を満喫してそのまま焼き肉屋に移動。食べまくってアニメショップに移動して一階から六階まで階段を歩いて上ってグッズをゲットした。
この店はエレベーターに乗れる人数が少なくて、待ってる時間が勿体ないし、色んな理由で階段を上れない人もいるだろう……と全く知りあいでもないオタク仲間に妙な気遣いをして……あげく階段でアニメキャラに励ましてもらえるのも嬉しくて階段を上ってしまう。
でも毎回メチャクチャ辛くて、池袋の山登りとワラビちゃんと毎回話している。
試されるオタクの体力、酸素ください!!
そして先日、このアニメショップが巨大化することが発表された。
ワラビちゃんと「エスカレーターありますかね」と話しながら帰路についた。
ああ、疲れた。疲れたけど、気力は満タンで、やっぱり最高に楽しかった。
あー、会社行きたくない。