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高貴3

「・・・なの?」


 無防備な千秋を見ると、いらいらする。


「崎山君」


 はっとして隣を見る。中山がこちらを伺うようにのぞきこんでいた。


「なに?」


 思わず低い声が出て、自分でも驚いた。中山も、少し驚いたような顔をする。

 やつあたりだな。


「うちのお勧めはオムライス。でも、こんな時間に食べたら、飯はいらなくなるな」

 なんとなくバツが悪くなって、まったく関係の無い話をしてみる。中山は、きょとんとした顔をしたけど、すぐに笑顔に戻った。


「じゃあ、みんなでわけて食べればいいじゃない」


 立ち直りの早さ、自分を見失わない強さ、この機転。実行委員長としては頼もしい限り。悪い奴じゃないんだよな。俺に付きまとわなければ。


 千秋の家の前を通る。千秋はなんだかんだ言って帰るかと思ったけど、自分の家を素通りしてついてくる。

 

 自分の家のドア、っていっても普段は裏口から入るからこうやって店の入り口から入るのは久しぶりなんだけど、このドアの前にたって、こんなに憂鬱な気分も久しぶりだ。


「ほら、崎山君早く。私が先に入ろうか?」


 中山に言われて仕方なく、ドアを開ける。カウンターの中の人物と目が合った。


「いらっしゃいま・・・、高貴、裏から入りなさいよ。あら、お友達?あらあ、千秋ちゃん!」

 

 お袋だ。話しはじめと終わりで2オクターブは声が違うだろ。お袋、千秋大好きだからな。この点だけは気が合うんだ、俺たち親子。


 ほかの三人は、お袋にあいさつすると、一番奥の4人がけの席に腰掛ける。カウンター席のほかには、三つのボックス席しかない小さな店だから、座るところなんて限られている。俺たち以外は、常連のおじさんたちが二人ばかりいるだけだ。

 

 俺は席には着かずにカウンターに入る。飲み物くらいは自分で用意しないと後が怖い。


「高貴。あの男の子誰?千秋ちゃんの彼?やだ。お母さん、お嫁さんは千秋ちゃんじゃなきゃ嫌よ」


 幸い、一番奥のボックス席だから3人には聞こえていないようだ。常連のおじさんたちはカウンター席だからニヤニヤしてるけど・・・。


 なんて答えても、10倍返しが待っているのはわかりきっているから、俺は黙って4人分の飲み物を用意する。「もう、愛想が無いでしょ。ホント、息子なんてつまんないわ」

 ぶつぶついいながら、フライパンを振る。ケチャップライスが卵にくるっと包まれて、一丁上がり。

オムライスの完成を横目で見ながら、カウンターを出る。


 と、千秋が席を立って近づいてきた。

 

「どうした?」


「サラダとスープ。セットでつくでしょ。ひとつずつ。私持っていくよ」


そう言うと、俺と入れ替わりにカウンターの中に入る。勝手知ったるって奴だ。お袋と何か話しながら、サラダとスープの用意をしている。

 

 いったん席に行って、飲み物を置く。「崎山君も座ったら?」と言う、中山の言葉は聞こえない振りをして、カウンターに戻る。トレイを持ったままカウンターの扉を開けようとしている千秋に近づいて、トレイと受けとった。


「オムライス。ついでにできたら持ってきて。あと、お前メールよこせよ」


 俺が、田中なんかにいらいらする理由。笹山の言葉にいちいち反応してしまう理由。そのうちのひとつは、千秋が夏の予定を知らせてこないことだと思う。八つ当たりかもしれないけど。


「うん。わかった。なるべく早くする」


 少し困ったような顔で千秋はそう言った。元気が無い。やっぱり断るべきだったな。


 スープとサラダを配って、席に着く。座ったとたん、中山のスキンシップが始まってうんざりする。



「崎山君が、実行委員会やってくれて助かってるのよ。でも、なかなか準備が整わなくて。学校だけじゃ時間が足りないのよね」


「間に合わない担当は、中山がうまく仕切って集めるんだな。俺は生徒会のほうを調整するよ」


「じゃあ、その打ち合わせ、二人でやりましょうよ」


千秋がオムライスを持ってきた。視線が一瞬、中山にぶら下がられている俺の腕に行ったけど、すぐに視線をそらされた。目もあわせてくれない。


 本当にいらいらする。


 そんな俺を見ていた田中が口を開いた。


「崎山先輩はスポーツは何が好きなんですか?」


 顔を上げて、思わず田中を見る。その視線で、中山から会話の主導権を奪おうとしているのがわかった。ちょっと、露骨だけど、中山にはこれくらいじゃないと太刀打ちできないだろう。


「サッカーかな。ベタだけど」


「田中君は、中学時代サッカー部のエースだったのよ。市の大会では・・・」


「今年のJ1どう思います?俺としては、地元を応援してるんですけど。あ、俺、隣の市から通ってるんです」


「ああ。いいな。地元チームがあって。でも優勝は難しいんじゃないか」


「ですよね」


  俺にも、田中にも、露骨に相手にされなくて、中山は黙った。そしてなぜか、うつむきがちにオムライスをつついている千秋をにらみつける。また、笹山の言葉がよみがえる。


「中山を何とかしろよ・・・。」


  笹山と中山は、同じ中学出身じゃないけど、もしかしたら去年同じクラスだったのかも。少なくとも、笹山は俺より中山の性格をつかんでいるんだろう。


  田中は、その後も、当たり障りの無い会話を続けた。中山もいつまでもむくれているのは得策で無いと判断したのか、すぐに会話に入ってくる。千秋まで、会話に入ってこれたのには驚いた。中山みたいな奴がいるときは、雰囲気を敏感に察して、なるべく存在感を消そうとするのに。認めたくないけど、やはり、田中とはかなり親しいのかもしれない。そう考えると、なんだかモヤモヤする。


  なんとなく、落ち着かない雰囲気の中、無事オムライスも食べ終わり、解散となった。


  帰るときになって、中山が暗くなったとかなんだと言って俺のことを見たけど、無視していたら、田中がうまく収めてくれた。千秋が話しやすいのもわかる気がするな。周りの状況にあわせてフォローするのがとてもうまい。


  店の前で、みんなが帰っていくのを見送る。

 千秋の家の前まで行ったとき、中山が急に振り返ってこちらに戻ってきた。


「どうした?」

「お母様にあいさつするの忘れちゃって」


 は?なんだそれ。


 俺の横をすり抜けて、そのまま店に入ろうとする中山。思わず、その腕を取る。


「いらねーよ。頼むからもう帰ってくれ」


 俺がそういうと、中山は振り返って、俺の目をまっすぐに見つめた。

 顔が近づいてきて、ドキッとする。


・ ・と、顔の寸前で止まって、俺のあごに触る。


「ごみがついてる」


 そう言って、指で俺のあごの辺りをつまんだ。


「とれたわ。・・・また、あしたね」


 意味深に笑うと、俺の横を通り過ぎて、帰っていく。


 振り返ると、千秋の家の前で、田中がこちらを見ていた。

 鋭い視線。なぜか怒りを含んでるように感じる。


 中山は田中と一緒に帰っていった。


 千秋の姿は、見えなかった。


 なんだか、嫌な予感がした。何かが、うまく回ってない。


 店には、入らず、裏口から自分の部屋に入る。


 俺の部屋には、昔から千秋と取った写真が飾ってある。うちの家族と、千秋の家族。それを手に取った。家族で、どこかに遊びに行って写真を撮るたびに、入れなおしていた写真。ここ最近は、写真を撮ることもなくて、3年前のスキーの写真が入れっぱなしだ。


 海の写真を入れよう。今朝まではそう考えていたのに。なんだか、写真が遠い昔のもののように思えた。


 そういえば、千秋からのメールはまだ来ない。

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