高貴1
今日から高貴編です。一週間で完結と言ったのに全8話なので今日と明日は朝晩2回更新します。
俺には、大事な存在がある。
ずっと側にいる人、ずっと側にいてほしい人。
二人は同じ気持ちだ。確認しあったことは無いけれど。
うちの高校には変わった行事がある。夏休みの初日の生徒主催の夏祭り。文化祭と違って舞台系部活の発表や運動部の親善試合なんかは無く、模擬店を出して、実行委員会主催のイベントをやって、最後はみんなで花火をして締める。縁日の高校生バージョンだ。
実行委員会に生徒会からも誰か出すことになり、二年生主体だからってことで二年で副会長の俺が選ばれた。生徒会は一年で役員をやると、そのまま持ち上がりなことが多いから、メンバーの入れ替わりが少ない。来年は会長をやれと言われているし、人脈を広げるのもいいかと思って引き受けることにした。
今年は梅雨が長くて、このままだと夏祭りじゃなくて雨祭りになるんじゃないかって言う奴もいたけれど、さすがに夏休み一週間前には梅雨も明けた。
喧しい蝉の鳴き声の中、夏祭りの準備も佳境に入ってきていた。
「はよ」
朝、昇降口で笹山に会った。
笹山も、実行委員で知り合った一人。サッカー部のレギュラーで、本当は実行委員なんてやっている暇は無いんじゃないかと思うんだけど、いつも爽やかで多忙さを感じさせない。見た目もごついけど整っていて女子からも人気があるらしい。でも、そういうことを鼻にかける奴じゃないし、気さくでまじめでいい奴だ。
俺も挨拶を返す。いつもならそのままそれぞれの教室へ行くんだけど、なぜか今日は笹山は俺が上履きに履き替えるのを待っていた。
「どーした?」
「ああ……」
待っていたわりには、歯切れが悪い。
俺も笹山と一緒に立ち止まっていたけど、予鈴がなってしまった。
「込み入った話なら、休み時間にでも聞くけど」
俺がそういうと、意を決したように笹山が顔を上げた。
「あのさ、さっき一緒に歩いてた子……」
一緒に? ああ、千秋のことか。幼馴染の千秋は、俺の三軒隣りに住んでいて、同じ高校の1年だ。別に待ち合わせはしていないけど、朝会えば一緒に登校する。
「あれ、お前の彼女?」
どきんとした。
千秋は、「彼女」じゃない。
じゃないけど。
「いや、違うけど……」
俺が、そういうと、明らかに笹山の顔がほころんだ。
やばい。
俺の頭が警鐘を鳴らす。
「じゃあ……」
「悪い。今は違うけど、紹介とかそういうのは勘弁してくれ」
すっと、笹山の顔色が変わるのがわかった。
「悪い」
俺はもう一回言った。
「……わかった。悪かったな。変なこと聞いて」
笹山は、ひとつ息を吐いてそう言うと、自分の教室に向かって歩き出した。俺も自分の教室に向かう。
と、前を歩き出していた笹山が振り返った。
「付き合ってはいないんだよな」
そう言って、すぐにふっと笑った。
「悪い。ちょっとからかいすぎたな。そんな顔するなよ」
「え?」
「顔。戻してから教室入ったほうがいいぞ」
思わず、自分の顔を片手でさすった。
笹山は、もう振り返らず片手を軽く上げると自分の教室に入っていった。
今日も放課後は実行委員会。準備もいよいよ詰めの作業に入ってきていて、細かいことまで決めなくてはいけなくなってきた。
帰り道も、実行委員長の中山と細々としたことを決めながら帰る。
中山も同じクラスになったことは無くて、実行委員で初めて知り合った。俺は知らなかったけど、女子テニス部の次期キャプテンと言われていて、美人で明るくて有名なんだそうだ。なんとなく派手できつい印象があるが、確かに行動力もあるし友達も多いらしい。
でも、実は俺は苦手だ。
俺も、人から言われるほどもてるほうじゃないと思うけど、そんなに人の気持ちに鈍いわけでもない。
中山が、たくさんいる実行委員の中から、毎日のように俺とばかり帰るのは、俺が生徒会副会長だからってだけじゃないだろう。最近、流れている俺と中山が付き合ってるんじゃないかと言う噂も、はっきり否定していないのを俺は知っている。無駄に肩や腕に触れてくるのも、誰にでもするわけじゃない。
去年も実は同じような噂がほかの奴と流れたけど、放っておいた。別に聞かれて困る相手もいなかったし。実際、一ヶ月ほどで噂は消えたし。
でも、今年は事情が違う。
昨日、何気なく一年の実行委員と話した感じでは、まだ、一年にはこの噂は流れていないみたいだ。俺も中山もそれなりに顔が知れたほうだけど、入学して四ヶ月も経っていない奴らが俺たちのことをそんなに認識しているとも思えない。
だけど、あんまりいい気分じゃない。
千秋が聞いたらどう思うだろう。
あいつの性格から言って、俺に直接聞いてきたりしないだろう。また一人で抱えて悩むんだろうな。
ーー今みたいに。
中山に気づかれないようにそっと振り返る。
俺たちの少し後ろを、少しうつむき加減で歩いている千秋を盗み見る。一つ年下の幼なじみ。俺が振り向いていることには気づいていないようだ。
追いついてくれたらいいのにと思う。声をかけてくれれば、中山とは、とっととさよならして、千秋と帰れるのに。昼の間、夏の太陽に熱せられたアスファルトからじりじりとした熱が上がってきて、腹の底から体が熱い。
でも、わかってる。そんなことができない千秋がいいんだよな、俺。
やっと商店街の入り口に着いて、思わず息をつく。右に曲がれば商店街。俺の家は、この商店街にある喫茶店だ。一階が店で二階と三階が自宅。お袋が一人で切り盛りしている。親父はごく普通の会社員。
千秋の家も商店街の中。こちらは、ばあちゃんが昔やっていた雑貨屋を閉めて、普通の戸建に建て替えている。今は両親共に外で働いている。ばあちゃんは、店は閉めてもまだまだ元気で、あっちこっち旅行したりして悠々自適の生活らしい。
電車で通っている大部分の生徒は、まっすぐ目の前にある駅に向かうから、俺とはここで別れる。中山もだ。
「じゃあ……」
とっとと帰ろうと思ったけど、中山が腕をつかんで話しかけてくる。
「崎山君、時間ある? なかなか学校だけじゃ時間足りなくて。今度ゆっくり二人で……」
「そうだな。ほかの奴にも声かけてみるよ。学校での作業時間、学校側と掛け合って伸ばしてもらうことも考えよう」
にこやかに、だけどあくまで他人行儀に中山の話をさえぎる。中山は、一瞬むっとした顔をしたけど、すぐに気を取り直すと、そうね、と笑顔になった。
やっと、駅に向かって歩き出した中山を見ながら、タイミングを計る。
足音が充分、近づいたところで振り返る。
「とろとろ歩いてるなよ。帰るぞ、千秋」
びっくりした顔で俺を見る千秋がおかしい。俺が気づいてることに気づいてなかったな。
驚いた顔はすぐに笑顔になって、小走りに駆け寄ってくる。こういうところは、小さな頃から本当に変わらない。
俺たちの関係が、変わっていないのと同じように。
「今日も図書委員?」
横に並んだ千秋にそう聞くと、うんとうなずく。
「なんか毎日図書室通ってない? ご苦労様だなあ」
千秋は、図書委員をしている。本来の当番だけでなく、毎日のように図書室に通っている。俺が、そのことを言ってるってわかるんだろう。首をかしげて軽く笑った。
「そうかな。図書室好きだし、落ち着くし。高貴みたいに生徒会も委員会もやっているほうがご苦労様だよ。まあ、みんなの真ん中でいろいろ働いているのが高貴は似合ってるけどね」
そっか。千秋にはそういう風に見えているのか。
「似合ってるかあ。そうかもな。千秋も図書室でいろいろ働いてるのが似合ってるよ」
俺がそういうと、なんとなく話が終わってしまう。
これは、チャンスなんじゃないか? うつむき加減で隣を歩く、千秋のつむじを見ながら考える。
中学の頃、俺たちの関係は、なんとなくみんなの暗黙の了解だった。その頃も別にきちんと付き合っていたわけじゃないけど、お互いの気持ちは周囲にばればれだったし。たぶん小学校から持ち上がりできた奴らが多かったからだろうな。
だから、千秋にちょっかい出す奴なんかもいなかったし、俺も形だけの告白なんかはされたけど、断れば納得してもらえた。
でも、千秋が高校に入ってきて感じたんだ。ほかの地区から来ている奴が多いから、千秋が俺の幼馴染だなんてみんな知らない。千秋が目立たないからか、朝や帰りに一緒でも、千秋とは噂にもならない。
千秋は、全くもてないわけじゃない。すごい美人ってわけじゃないけど、小さくておとなしいから、守ってやりたくなるタイプだ。この状況が続けば、この間の笹山みたいな奴がこれからも出てくるだろう。笹山みたいに、察しが良くて人間もできている奴ばかりじゃないはずだ。
「じゃあね」
いつの間にか、千秋の家の前に着いていた。
千秋の声に、はっとして振り返る。千秋は俺に手を振ると、返事は待たずにくるっと振り返って、ドアに向かう。
やばい!
「千秋」
なにが、やばいのかわからなかったけど、とにかくこのまま別れてはいけないような気がして、思わず声をかけた。
千秋は俺の声にすぐに振り返ったけど、俺は声が出なかった。
「なに?」
少しだけ怪訝そうに千秋が訊く。
何か言わなくちゃ。
「あのさ。夏休み、暇ある?」
なんだかうまく声が出なかった。
千秋は、不思議そうな顔をしながらも夏休みの予定を教えてくれた。結構空いているらしい。
「じゃあさ、海いかね?」
言ってから思った。何で海なんだよ。夏だから? 単純すぎる、俺。
案の定、千秋も不思議そうな顔をしている。
「海? 海ってあの海?」
繰り返すなよ。べたで悪かったな。でも、拒絶はしていない。
「ほかに、どんな海があるんだよ。行けるんだな」
恥ずかしいような、ほっとしたような気になって、確認する。
「うん、行ってもいいの?」
「いいから誘ってるんだろ」
「わかった。日程が決まったら連絡して」
「いや、お前の予定がわからないと決まらないだろ」
「そっか。じゃあ、あとで予定送るね」
「ああ、早めにな」
俺がそういうと、千秋は笑顔でもう一回手を振ると家の中に入って行った。
思わずガッツポーズをしそうになる。
海って言うのはとっさに出たことで深い意味は無かったけど、この際どこでもいい。
そろそろはっきりさせないとな。千秋が、あんな寂しそうな顔で、俺の後をとぼとぼついてくるなんて耐えられない。
笹山に、取られるのも耐えられない。
俺のもの。
そうだ。ずっと俺のものなんだから。