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千秋3

 田中君の言葉に甘えて、今日の図書委員は早めに帰らせてもらった。今日はまだ日も高い。


 なのに。


 また、見つけてしまった。高貴と中山先輩。


 なんだか後ろをとぼとぼ歩いているのが耐えられなくて、今日は道の反対側に渡ってしまった。視界から二人が消えるわけじゃないけど、この先の路地を入れば、裏から商店店に入れる。少し遠回りになるけど、今日はそっちの道で帰ることにした。


「篠野さん」


 背後から声がして、隣に田中君が並んだ。


「どうしたの? 珍しいね、道のこっち側歩いているなんて」

「うん。うち商店街だから、こっちの路地から帰れるの」

「へえ、でもーー」


「田中君」

 

 通りの反対から声がした。

 声の主はーー。


「中山先輩。お久しぶりです。今帰りですか」


 なんだか親しげ。驚いた。田中君と中山先輩が知り合いだったなんて。

 中山先輩の隣で高貴もびっくりした顔をしている。


 中山先輩は、高貴を引っ張るようにして道を渡ってきた。高貴は、なんだか機嫌が悪そうについてくる。


「久しぶりねー。元気? 今日は、部活?」

「図書委員だったんです」


 田中君の言葉に、中山先輩は目を丸くした。


「図書委員! 田中君が? 部活は? サッカーは?」

「いやあ、今じゃしがない帰宅部ですよ」


 ニコニコして田中君が言う。


「なんで? サッカーは? 生徒会もやってないよね」

「あはは、声が大きいですよ。先輩。あ、こちらは一緒に図書委員をやっている篠野さん。同じ一年なんです」


 笑っていたけど、田中君は中山先輩の質問に答えたくなかったみたいだった。私は、ぺこりと頭を下げた。


「こんにちは」

「こんにちは」


 挨拶は、にこやかだったけど、私にはあまり興味がないようで、すぐに田中君に向き直った。たぶん、高貴が口を開かなかったら、田中君はもっと質問攻めだっただろう。


「お前も図書委員?」


 声が低い。なんでだろう、機嫌悪い。中山先輩と田中君が親しそうだから?

 中山先輩は、私に話しかけた高貴を驚いたように振り返って、それから私を見た。


「崎山君、彼女と知り合いなの?」

「篠野さんと崎山先輩は家が近所で幼馴染なんですよ」


 そういえば、田中君とはそんな話したことあったな。

 

「そうなんだ。崎山君のおうちって喫茶店なのよね。あ、そうだ。これからみんなで崎山君のおうちでお茶して帰らない?」


 え?

 中山先輩の提案に、私だけでなく、高貴と田中君も目を丸くしている。


「え? いや、急に行ったらご迷惑じゃ……」

「や、こいつらにも予定ってものがあるだろうし……」

「そうなの? でも、おうちにお邪魔するわけじゃないし。二人ともこれから何か用事があるの? あ、これから、デートだった?」

「そ、そんなことないです!」


 あ、また、大きな声を出しちゃった。みんなびっくりして私を見てる。


「あ、ごめんなさい。あの……」

「じゃあ、いいわよね。みんな行きましょ」


 中山先輩はすぐに自分のペースを取り戻して、みんなを引っ張るように歩き出した。

 なんだか、ちょっと強引な人なんだな……。


「田中君、中山先輩と知り合いなの?」

「中学が一緒だったんだ」

「生徒会で?」

「そう、俺が生徒会なんて意外でしょ」

「そんなことないよ。田中君ってリーダーシップあるし。納得ってかんじ」


 中山先輩と高貴は、ぴったりくっついて歩いているので、しかたなく、田中君と並んで歩く。田中君が生徒会かあ。やっぱりね。


 商店街を入って、私の家の前を通り過ぎて3軒先が高貴のお母さんがやっている喫茶店。

 高貴は、まだ嫌そうだったけど、中山先輩に頼まれてしぶしぶドアを開ける。


「いらっしゃいま……、高貴、裏から入りなさいよ。あら、お友達? あらあ、千秋ちゃん!」

 

 高貴のお母さんだ。とっても明るくて、小さいころから私のことをとてもかわいがってくれた。


「こんにちは」

 

 高貴のお母さんが私の名前を呼んだときに、チラッと私のことを見た中山先輩は、すぐに笑顔になって、挨拶した。


 三人が、席に着くのを見届けると、高貴はカウンターの中に入る。商店街の中にあるこの喫茶店は、昼間近所の人の溜まり場になることが多くて、夕方以降は比較的客足が遠のく。だから、この時間は高貴のお母さん一人で切り盛りしている。私たちが使う時は、自分たちの飲み物くらい自分たちでと言うのが、ここでのルールだ。


 小さいころ、うちの両親が仕事で遅くなる日などは、よく高貴と一緒にここで夕食を食べた。逆に高貴のうちが忙しいときには、高貴はうちに来て、うちのおばあちゃんが作った夕食を食べたりもした。


「篠野さんだっけ? 高貴とはいつから幼馴染なの?」

「え? あ、多分生まれたときからです。保育園から一緒なんです」


 中山先輩が興味深そうに聞いてきた。さっきまで崎山君って、呼んでなかったっけ?


「すごいわね。十五年以上ってことでしょ。家族同然ね」


 なんだか、少し棘のある言い方のような気がしたけど、私の被害妄想かもしれない。


「妹って感じなのかな」


 笑顔で言われた。悲しい気持ちになったけど、あいまいに笑ってうなずいた。


「でも、仲いいよね。高校生になって、小さいときからの幼馴染と仲がいいって珍しいよ。そういえばさ、今日返却された本の中に……」


 田中君が、図書館の話を始めると、中山先輩は興味がなさそうに、高貴のほうを見つめ始めた。田中君。気を使ってくれたんだ。あいかわらず、鋭い。

 田中君と話しながら、チラッと高貴のほうを見る。四人分の飲み物をトレイに載せてカウンターから出てくるところだ。カウンターの中では高貴のお母さんが、オムライスを作っている。夕食前だからどうしようか悩んだんだけど、高貴のお母さんの絶品オムライスを四人で一つだけ食べることにした。

 私は、田中君に断って席を立った。


「どうした?」


 トレイを両手で持って、腰で器用にカウンターの扉を開けながら、高貴が聞いた。


「サラダとスープ。セットでつくでしょ。ひとつずつ。私持っていくよ」


 カウンターの中に入る。小さいころは、いつも入っていた。保冷庫にあらかじめ用意されているサラダを出して、スープは鍋からよそう。高貴のお母さんが、人数分いいわよと言ってくれたので、スープだけ、少し少なめに四人分いただくことにした。


 トレイに乗せて、高貴と同じようにカウンターの扉を開けようとしたら、高貴がカウンターの向こう側で、トレイを受け取ってくれた。


「オムライス。できたらついでに持ってきて。あと、お前早く予定送れよ」


 最後だけ、みんなに聞こえないように言われた。


「あ、うん。わかった。なるべく早くする」


 そうだよね。海の返事しなくちゃね。

 

 オムライスを持っていくと、中山先輩が高貴の腕にぶら下がるようにして、なにやら話をしていた。高貴は、少し不機嫌なようにも見えたけど、照れているだけかもしれない。


 悲しくなるので、なるべく見ないようにした。


 田中君は相変わらず鋭くて、さりげなく、そして核心に迫らない話題を選んで絶えず振ってくれた。意外と高貴もそれに食いつきが良くて、結局、みんなでサッカーの話や先生たちの噂話や駅前に新しくできたゲームセンターの話をして、オムライスを平らげた。


 食べ終わったころには、さすがに日が長いこの時期でも外は薄暗くなっていた。


「崎山君のお宅にお邪魔できて楽しかったわ。でも、なんだか暗くなっちゃったわね」


 中山先輩は空を見上げた。


「僕がいるじゃないですか。ちゃんと送っていきますよ。同じ地元なんですから」


 田中君が笑いながら言う。さっき、図書委員をしていることとか、帰宅部なこととか聞かれたくない感じだったけど、二人で帰るんだなあと思う。まあ、田中君なら、聞かれたくないことは、うまくはぐらかせるんだろう。


「じゃあな。また学校で」

 

 高貴は、店の入り口まで、出てきた。

 みんな高貴に手を振って歩き出す。


 少し戻ると私の家だ。


「あ、うち、ここなんで。失礼します」


 私が言うと、急に中山先輩が声を上げた。


「いけない! 忘れ物しちゃった」


 そういうと、走って戻る。店の前には、まだ高貴がいた。中山先輩は高貴に何か言うと、高貴の前を通りすぎて、店の中に入ろうとした。

 その時高貴が中山先輩の腕を取った。


 中山先輩は振り向くと。


 ーー高貴にキスをした。


 店の前でキスをしている二人を、私は固まったまま、見つめていた。

 ショックだった。

 なんとなく、二人は付き合っているのかなと思っていた。でも実感として沸いてこなかった。高貴とは、中山先輩が現れる前も後も、変わらずの関係だったし。

 頭を何かで殴られたかのような衝撃だった。


 と、中山先輩と目が合った。


 もしかすると、固まっていたのは一瞬だったのかもしれない。


 目が合ったとたん、はじかれたように、家の中に飛び込んだ。田中君にバイバイも言わなかった。


 心臓が、痛いくらい胸をたたきつけていた。いや、胸が痛い。心臓が痛い。

 オムライス。少しでも食べておいてよかった。


 その日。部屋にこもって、ベッドにもぐって、おばあちゃんが呼んでも、お母さんが帰ってきても、お父さんすら、心配して見にきたのに、一歩も部屋から出ることができなかったから。


 

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