80 カイザーの決意
オズワルド王国・王宮――暖炉が灯る一室。
「――こうして、バルバザード王国から攻め入ったオルオンの残党と戦い、
奴らを食い止めることができました」
マシュが回想を締めくくり、窓の外へ目を向けた。
「しかし戦いの途中で、我々は精霊魔法を使えなくなりました。
……王国の精霊の丘が破壊されたためだった」
荒れた精霊の丘を見やり、マシュは悲しみに眉を寄せた。
「ジュリエットたち闇使いの軍隊が最後まで戦ってくれなければ勝利はなく、
王国は火の海になっていたかと……」
ロミオが深刻な面持ちで告げる。
闇使いの大群が王国に攻め入る光景を想像すれば、一同は恐ろしさに息をのんだ。
「これは……彼ら闇使いの部隊をオルオンから匿っていたグレゴリー・オーサーのお陰とも言えます」
「なるほど」
カイザー国王陛下は重たい空気を裂くように、
すっと椅子から立ち上がった。
「では、当初より。グレゴリー・オーサー辺境伯が、ミュルクの奴隷と金品を我々に要求していたというのは、偽りだったということか」
「はい」
「それらの行き所は――ネロに成りすましたオルオン、全ては闇使いの帝国を建国するという野望ための策略だったと……」
「はい、陛下」
マシュが答える。
カイザー国王はしばらく闊歩した。
そしてその後、憑き物が落ちたように、
力強いまなざしで一同を見た。
「マシュ・フルーム伯爵殿。ロミオ・ホップウェル伯爵子息殿。
まず、君たちの働きに最大限の感謝と敬意を示したい。そして――」
いつもは鬱々としているその青い瞳に、初めて人間らしい輝きが見える。
「オルオンの罪は決して許されない。
奴の悪事を自由にさせてしまっていた私もまた――退位すべきであろう」
「お考え治しを、陛下……!」
カイザーを慕うマシュとリズ・ホップウェル伯爵が止めるが、しかし国王は躊躇うことはなかった。
「この混乱を招いたせめてもの償いとして。オルオンの企みの種は全て取り去り、再び王国を再建する土壌を整えたい。
そして今こそ――言われない不名誉を被ってきたグレゴリー・オーサー辺境伯とそこに暮らす民たちとも力を携えたい」
穏やかな言葉でしめくくったカイザーは、王国を再建するという使命に生きるという決意を固めていた。
「パブロ・フルーム伯爵子息殿に命じる」
「……はっ、陛下!」
(なんで、俺!?)
突然の指名に驚きを隠せないパブロが、慌ててかしこまる。
「グレゴリーは今、魔界で戦っている。
おそらくは、王国の、オーサー辺境伯領の民のために。
――彼に、力を貸してやってくれないだろうか」
「……!」
何故か心が躍る気持ちがしたパブロは、眩しい太陽のような瞳でまっすぐと国王を見上げた。
「陛下の御命令とあらば……!」
パブロはすぐさま、ダンタリオンと共に魔界へと向かう準備を整えた。
「必ずグレゴリーと共に、生きて帰りなさい。
――検討を祈る」
「はっ!」
国王陛下の言葉を受け取り、パブロは魔界へと向かうためにダンタリオンと手を重ねた。
「グレゴリー・オーサーのところへ……!」
と、念を込めれば、空間移動の魔法が発動する。
魔界へと旅立つパブロの瞳が最後に写したのは、エレナとカルロス、マシュの祈るような眼差しだった。
「英雄になれ。息子よ!」
マシュの言葉は真っすぐとパブロに期待をかける思いそのものだ。
パブロはしかと頷き、その瞳に決意を宿らせた。
次の瞬間。
パブロ・フルームとダンタリオン、そして魔剣クロムは姿を消した。
魔界へと旅立ったのだ。
「……っ!」
パブロを引き留めるのをこらえていたエレナは、パブロの姿が消えた瞬間に、なぜ引き留めなかったのかという後悔に苛まれた。
もう二度とパブロに会えないのでは――そんな恐怖が過ったからだ。




