76 種明かし
時を少し遡った、オーサー辺境伯領。
――居城の天上階で捕えられ、意識を失っている「グレゴリー・オーサー」がその目を開いた。
「そろそろ頃合いかの……」
突然、老人のような喋り口で話すグレゴリーに、見張りにあたる闇使いの少女シシィ・スカラーが警戒を露わにする。
「だ…誰……?」
シシィが困惑と共に発した言葉と同時に、グレゴリー・オーサー――だと思っていた男の変身が解けてゆく。
そして姿を現したのは全くの別人――赤褐色の長髪と長髭を持つ老人だ。
「……!!」
グレゴリーを捕えていると思っていたのにも関わらず、それはグレゴリーに姿を変えた別人だった。
つまりは、グレゴリーが野放しにされている事実に、シシィは震えた。
「さて、しばし眠ってもらおう」
老人がそう言うと、シシィは力なくその場に倒れたのだった。
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一方、オーサー辺境伯の居城の地上階では、団長マシュ・フルームが闇使いロドリゴの前で屈していた。
しかし次の瞬間――
「ぐうっ!?」
天上階から現れた老人が、ロドリゴに闇魔法の攻撃をくらわす。
ロドリゴはその一撃で意識を失い、厳重に拘束された。
「……!!」
思わぬ襲来に唖然とするマシュに、老人は余裕を感じさせる笑みを見せた。
「久しいの、団長殿」
「――あなたは……!」
マシュはこの老人に見覚えがあった。
以前会った時から、年月は経っている。
しかし、彼の特徴的な赤褐色の髪と髭は間違いなく――ここ、オーサー辺境伯領の領主たるオーサー辺境伯爵家の血筋であることを物語っている。
「アルフレッド・オーサー伯爵殿……!」
マシュが老人の名を呼べば、彼はむずかゆそうに首を振った。
「ふぉ、ふぉ。伯爵位はもう、グレゴリーちゃんに譲っておるつもりじゃ」
お茶目にウインクをした老人を、マシュは懐かしい気持ちで見ていた。
若かりし頃のマシュは、アルフレッドが領主だったころのオーサー辺境伯に遊びにやって来ていたこともあった。
「……亡くなったと……聞いていました」
まだ信じられない気持ちでマシュがそう言えば、アルフレッドは愉快そうに笑った。
「では、わしが幽霊に見えるの?」
もちろん答えはノーだ。
「団員たちが捕らえられている、助けねば…!」
そう言って悶えるマシュの傍に寄り、アルフレッドはマシュの拘束具を解く。
「団員たちの方はグレゴリーちゃんの仲間が救出に向かっておる。安心せい」
「グレゴリーの?」
マシュは沈黙して考え込む。
グレゴリーを捕えるために来たはずが、逆にグレゴリーに救われている。
ここにきて、真の敵として現れたのは「オルオン」という闇使いに従う者たちだった。
「グレゴリーは何処に……?」
ここに来てまだ一度も姿をみれていない彼のことを、マシュは気にかけていた。
「ふむ。グレゴリーちゃんは魔界に用があっての。
ワシはここで、グレゴリーちゃんのふりをしてコイツらにわざと捕まっておった」
「なぜそのようなことを?」
「オルオンの不意をつくための時間稼ぎよ」
アルフレッドは拘束したロドリゴとシシィを並べて座らせた。
「こ奴ら、ボスの命令通りにグレゴリーちゃんを捕まえていると安心しておったろ」
得意げにふふっと笑ったアルフレッドの口髭が、ふわりと舞う。
「そのオルオンという人物……」
マシュは、ロドリゴに聞かされた陰謀を回顧する。
「闇使いの帝国を築こうとしているというのは本当ですか。
グレゴリーもその企みに乗っているということは……?」
「いいや。グレゴリーちゃんはそんなことには興味がない。
その計画を阻止するために、グレゴリーちゃんはオルオンと戦っているのよ」
アルフレッドはそう言って、マシュにある提案を投げかける。
「オルオンを止めたいのじゃろ?なら、我らと手を組まんか?」
マシュは少し考えを巡らせる。
アルフレッド・オーサー――彼が使っている魔法を見れば、アルフレッド自身も「闇使い」であることは間違いない。
オズワルド王国の見解では、闇使いであること自体が罪である。
「……」
しかし直感では、かつてオーサー辺境伯としてこの地を平和に治めていたアルフレッドは信用に足る人物だ。
それに、オルオンの闇使いの帝国計画を阻止するためには、少しの猶予もないらしい。
「――まずは、団員の無事が確認できたら」
マシュの言葉に、アルフレッドは微笑んだ。




