74 繋がる記憶(パブロの視点)
「じゃあ…また後でね」
「お、おう」
去って行くエレナを見送って、俺は立ち尽くした。
「今のって……?」
俺は自分の唇に手を伸ばして、ダンタリオンとクロムの方を振り返った。
「キスだな」
「キスだね」
2人とも口をそろえて同じ回答だった。
「いつもしてるんじゃないのか?」
何を勘違いしたのか、ダンタリオンがきょとんとした感じでそう聞いてくるので、俺は全力で横に首を振った。
「ち、ちっさい頃、頬っぺたにおやすみのチューくらいだよ!!
い、妹だし、そういう感情は……」
「ふぅ~ん。でも血は繋がってないんだろ?」
クロムにそう言われても、俺はなんだか悪い事をしてるみたいなムズムズ感で落ち着かなかった。
「……魔界から人間界に帰ってくるとき」
ダンタリオンが、懐かしい話題を出した。
「俺はパブロに、帰りたい場所を思い浮かべろっていっただろ?」
「あ、ああ」
あの時俺は、ネロ様の屋敷についた。
巨大化した骸骨の戦士たちとの戦闘に遭遇して、エレナやカルロス、リアたちも守ることができた。
「着いたのは、あの彼女がいる場所だった。
それはつまり……そういう事じゃないのか?」
「そ……それは……」
ダンタリオンの言葉で、初めてはっきりと自覚する。
俺は「帰りたい場所」と言われて、とっさにエレナのことを思ったんだ。
「そう……だな」
顔が熱くなってきて、心臓がうるさくなる。
今の関係性を壊すのが怖くて、俺はずっと本心に封をしてきたところがある。
エレナの気持ちがわからなくて、俺はまたムズムズとしてくる。
ただ、お礼のつもりでキスをしてくれただけかもしれない。
ほんの気まぐれなんだって言われても、笑って流せるようにしないと……ってまた心のどこかにストッパーをかけた。
「人間、いつ死ぬかわからない。
今を正直に生きた方がいい」
俺の心を読んだみたいに、ダンタリオンがそう言った。
その姿はなんだか、ダンタリオンが「人間」として話しているように見えた。
「ダンタリオン――もしかして、過去を思い出したのか?」
悪魔になる前の、人間だったときのダンタリオン。
それを思い出したくて、ダンタリオンは俺と一緒に人間界に来てくれたんだ。
「ああ、思い出した」
ダンタリオンはこくりと頷いた。
「え!?そうなのォ!?」
「ま、マジか!?」
クロムが素っ頓狂な声をあげる。
負けじと俺も、かなり驚いた。
記憶を得たダンタリオンは、以前と変わらないように見える。
だけど、前よりもっと穏やかな目で、俺のことを眺めているような気がした。
「ど、どんな人間だったんだよ……!」
気になり過ぎて鼻息が荒くなる俺だったけど、ダンタリオンはまだ話したくないらしくて勿体ぶっていた。
代わりにダンタリオンが話し出したのは、彼自身のことではなく、グレゴリーのことだ。
「グレゴリーは……、この国ではどう思われているのか知らないが。
『悪人』ができるタイプの人間じゃない」
「もしかして、何か知ってるのか?」
俺は、縋るようにダンタリオンのことを見た。
「……そうだな」
ダンタリオンは少し悩まし気に言葉に詰まった。
「グレゴリーは……人間だった俺の、なんというか、友人だったんだ」
ダンタリオンはそっとそう告げた。




