72 英雄(パブロの視点)
「やったな、ユリウス…!」
俺がハイタッチをしようと手をあげるが、ユリウスは悲しい顔で笑うだけだった。
かわりにユリウスが話し始めたのは、長く閉ざされていたオーサー辺境伯領の実情についてだった。
「オーサー辺境伯領はミュルクと精霊使いが調和して暮らす珍しい場所だ」
ユリウスの告白に、カイザー国王陛下も耳を傾けている。
「グレゴリー・オーサーが守ろうとしているものは領民の安全、たとえミュルクでも穏やかに暮らせる世界――だから彼は、強いのかもしれない」
「……」
「同じ闇使いでも、オルオン様とは違う男だ」
淡々とそう告げながら、その後、ユリウスはオルオンと同じく拘束されることを望んだ。
その時、クロムの力を借りて悪魔契約も解除した。
(……ユリウス)
勇者の風格があるユリウスには、罪人のような拘束が似合わない。
その不釣り合いな光景に胸が痛み、俺はつい目を伏せた。
「パブロ」
オルオンに続いて連行されていくユリウスが、最後に俺に声をかけた。
「……?」
俺が顔をあげれば、ユリウスは少し目を泳がせて黙ってしまった。
だけどその後、かすれた声が聞こえた気がした。
――生きていてよかった。
その言葉が、なんだか俺にスッと染みた。
死にそうだったタイミングなんていくらでもあった。
それでも俺は生きてるんだ。
「お兄ちゃん……!!」
そんな時、エレナの声が聞こえた。
精霊の丘の方からここへ駆けつけてきたようで、少し息が上がっている。
エレナの傍には、カルロスもリアもいる。
どっと押し寄せた安堵で、俺は自然と体の力が抜けた。
その後リアは、ユリウスとオルオンに同行して、王宮の内部へと向かった。
エレナとカルロスは、俺の傍についていた。
「精霊の丘は――?負傷者はどれくらい……」
頭がまだせわしなく動いていて、俺はぶつぶつと心配事を口にしてしまう。
「こっちに来い、パブロ」
カルロスがいつもの生意気な感じで、俺を引っ張る。
「な、なんだよ」
俺はそのまま、ダンタリオンと一緒に精霊の丘の方へと連れていかれる。
「……!」
そこに待っていたのは、第1騎士団や第3騎士団、聖職者たち――オズワルド王国の国民たちの大歓声だった。
「パブロ・フルーム様!!」
「見直したぜ!!」
「コンビの悪魔もやるなあ!!」
と、次々と声がかかる。
俺が夢に見たような、安堵に満ちた皆の笑顔がそこにあった。
「よかった――みんな……」
ヨルムンガンドの襲来で手傷を負った者たちも、ケインたち医者の働きかけで回復し始めていた。
騎士たちの前に立つホップウェル伯爵が俺に微笑みかける。
「ヨルムンガンドは、彼らの命まで奪う事はしなかったの」
伯爵の言う通り、ヨルムンガンドは騎士団員たちの動きを封じる程度の攻撃しかしていないようだ。
仕方なくオルオンとその契約悪魔たちに従っていたのだと知った後では、ヨルムンガンドが好んで人を傷つけたかったわけではないとわかる。
その後、カイザー国王陛下が姿を現せば、皆々は事情の説明を求めて駆け寄った。疑問に答えるように、国王陛下はこれまで起こったことを順に全て、つぶさに説明してゆく。
ヨルムンガンドは魔界に帰り、オルオンもその仲間たちも捕まった。
グレゴリーの動向が気にかかることと、他にもオルオンの仲間が潜んでいる可能性は否定できないが、ひとまずの平穏と安堵が訪れたことは間違いなかった。




