63 サタンの契約者
レヴィアタンの居城。
蛇に拘束されたユリウスの前に現れたのは、1人の男である。
「あんた――」
ユリウスはその人物を知っていた。
肩まで伸びた漆黒色の髪、かき上げた前髪の下に太陽のような黄色い瞳が覗く。
そして胸元には、サタンのシジルが刻まれているのが見える。
サタンの契約者、オルオンの宿敵――グレゴリー・オーサーだ。
「っ……グレゴリー……」
オルオンと敵対する彼からすれば、ユリウスは敵である。
しかし、その手で剣を振り上げたグレゴリーがとどめを刺したのは、ユリウスではなく、ユリウスを拘束する蛇たちである。
「ゲホ……っ。どうして……」
拘束が解けたユリウスの肩をグレゴリーが支えるが、ユリウスはそれを振りほどく。
「……っ!なぜ助ける。殺せっ!」
オルオンに刺された腹の痛みに顔をしかめ、ユリウスは床に倒れた。
「ぐ……っ、ううっ……」
そのまま苦し気にもがく彼の姿をしばらく眺めていたグレゴリーは、傍に座り込んだ。
「人は弱い。愚かな選択もする」
呟くグレゴリーの瞳の奥に、過去に対する後悔の念が感じ取られた。
それは今のユリウスと同じ感情だった。
「興味があるのは、君が今、どうしたいかだ」
「…………僕は……」
もう取り返しのつかない過ちがある。
勇者として託された多くの信頼を、愛情を、捨ててきた。
「……っ」
それでも生きるのならば。――長い「贖罪」の旅を乗り越えなければ、その先の希望を描くことはできない。
それだけの罪を重ねたのだと、ユリウスは自覚していた。
「……どうすれば」
苦しみながら立ち上がったユリウスに、グレゴリーは確かな言葉を口にした。
「ヨルムンガンドの始末をつける」
(……!無謀なことを)
ユリウスは反射的にそう思った。
ヨルムンガンドを操ることに成功しているのは、悪魔レヴィアタンだ。
かの7つの大罪のひとりに歯向かおうというのだから、それは限りなく不可能に思える。
「魔力を貸してくれないか」
しかし、グレゴリーの瞳はゆるぎない光を放っている。
「――ああ」
ユリウスも、覚悟を決めた。




