3 出会い(パブロの視点)
「………ん…?」
俺は、何処だかわからん、ふわふわのベッドの上で目を覚ました。
「どこだ…ここ」
うっすらと開いた目に写ったのは、木の根っこと土でできた天井。
…根っこの下にいるなんて、モグラにでもなった気分だ。
それから、鼻をつく色んな薬の匂い。
何だろう、嫌な匂いではなくって、
傷を治してくれる治療所の匂いに似ている。
(えっと。ずいぶん幸せな夢を見ていたけど…)
俺は、ゆっくりと頭を現実に帰す。
(確か俺は…パンデモニウムで倒れてから、渦巻きのしゃべる剣に助けられて――それからどうなった?)
俺は恐る恐る、あたりに視線を動かす。
すると、すぐ横で――羊骨の仮面をかぶった巨体の悪魔が、椅子に腰かけていた。
「うおわっ……!!」
俺はびっくりして反射的に掛布団にくるまる。
勇者としては恥ずかしいことだけど、この悪魔が随分とオーラ―があって、つい…。
「はは、ダンタリオンの旦那。怖がられてやんの」
陽気なその声を聴いて、俺はハッとした。
「渦巻きの剣…?」
俺は気を取り直して、ベッドから起き上がる。
すると、パンデモニウムで出会った渦巻き型の剣が、羊の骨の悪魔の隣でぴょんぴょんと跳ねていた。
「よお、兄ちゃん!ここは、ダンタリオンの旦那の住処だよ!」
(そうか、思い出した)
パンデモニウムで意識を失う直前。
俺は渦巻きの剣が、この羊の骨の悪魔を「ダンタリオンの旦那」と呼ぶのを聞いた。
「あ、ああ。あなたが……ダンタリオン?」
「そうだ」
その悪魔―—ダンタリオンは、やたらと重厚感のある声でしゃべった。
(ダンタリオン……)
ぐりんと曲がった巨大な角は迫力あるし、灰色の髪の毛は少しキラキラしていて綺麗だ。羊の骨でできた仮面が、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。
(この悪魔……ちょっとだけカッコイイな)
サタンとはまた違って、味のある、風格のある感じがする。
超個人的な感想だけど。
「あの……」
ダンタリオンの赤い目に見つめられて、俺の心拍数は上がっていく。
何か言わなくちゃと思い、不思議に思うことを聞いてしまう。
「俺、パンデモニウムで倒れてからの記憶がなくって」
「……」
「体中痺れて動けなかったはずなのに、嘘みたいに治ってるんだ。
もしかして、あなたが身体を治してくれたのか??」
俺がそういうと、ダンタリオンは、ぽりぽりと頭をかいた。
「……薬が効いたみたいだな」
「薬?」
改めて見れば、ベッドサイドの小さいテーブルに、いくつかの薬瓶や本が置いてあった。
俺を治すために試行錯誤したのかもしれない。
「……な、治してくれたんだ?」
あちこちに負っていた小さい切り傷やかすり傷も、綺麗に治っている。
俺は自分の腕や足を確認して、感嘆にくれた。
こんな治療、奇跡としか言いようがない。
「凄いな。ダンタリオンは本当に最高の薬屋だぜ…」
つい、俺の口から本心が漏れ出た。
それを聞き漏らさずに食いついたのは、渦巻きの剣だ。
「だろだろ、ダンタリオンの旦那は、すっげーんだ」
「………俺の……薬を褒められた……」
ダンタリオンはそう言って、感慨深そうに宙を見上げている。
心なしか、ガッツポーズをしているように見えた。
(ふっ見た目は厳ついのに、なんだか気のぬけた悪魔だな)
少し緊張が解けて、俺は微笑んだ。
「俺の名前はパブロだ。二人とも、助けてくれてありが…」
礼を告げる俺を遮るように、ダンタリオンがその長い腕をだらりと俺の手に伸ばした。
「……パブロ。さっそくで悪いが」
ガチャリ。
俺の手元で、なんだか鈍い音がした。
視線を落とせば、俺の両手首が束ねられて、魔方陣のような光る円陣に捕らえられていた。
「………え?」
あっけにとられた俺は、間抜けな声が出た。
「お前をマモン様のところへ連れていく」
悪びれもせずに、ダンタリオンはそう告げたのだ。