41 互いの思い(パブロの視点)
地に倒れた骸骨の戦士たちを背後に、ダンタリオンがゆっくりと俺の前に歩み寄る。
「ダンタリオン……」
きらきらした灰色の髪、ぐりんとねじれた羊の骨の角。
見上げる程の巨体と、骨の仮面の奥で光る真っ赤な瞳。
その堂々たるオーラが、やっぱりカッコイイと俺は思った。
「また助けられたな」
と、俺が言っても、ダンタリオンは無言のままだ。
何か考え事をしているみたいに、俺のことをじっと見ている。
「えっと……」
ダンタリオンは俺に預けていた鞄を開き、塗り薬を取り出した。
「ほら、頬を見せろ」
と、治療する気満々で俺の頬に手を伸ばす。
「……またマモン様のところへ連れて行くとか言うのか?」
と、俺は少し後ずさる。
しかし返ってきた答えは意外なものだった。
「マモン様には解雇された」
「え」
魔界にも解雇という概念があるのかと驚く。
「だから、お前を捕まえる理由はなくなった」
ケロリとそう言いながら、ダンタリオンは俺の頬の血を洗い、薬を塗った。
「じゃあなんで?」
ダンタリオンの意図をはかりかねた俺は眉をひそめる。
「……」
ダンタリオン自身も困惑しているようだ。
少し黙り込んだ後、静かに口を開いた。
「……俺は悪魔になる前、人間だったらしい」
「え」
頭がフリーズした俺は、しばらく硬直する。
(人間?ダンタリオンが……?)
確かに、人間くさい悪魔だとは思っていた。
だけど悪魔が元々人間だったなんて、そんな現象が起こりうるのだろうか。
魔界を研究しているロミオが食らいつくであろう衝撃の事実を前にして、俺はただただ驚きで口をパクパクするしかできない。
「ダンタリオンの旦那ァ!!人間だったのっ!?」
俺より先に声をあげたのは、クロムだった。
どうやらクロムも知らなかったらしい。
「まだ確証はない。人間だった頃のことは、おぼろげにしか思い出せない」
ダンタリオンは、そう言ってどこか遠くに思いをはせるように宙を見た。
「だから俺は自分の正体を確かめたい。
それに協力してくれる人間が必要だ」
ダンタリオンの瞳が、俺をとらえた。
「パブロ、俺と魂の契約を結ばないか?」
俺の耳にダンタリオンの低い声が響いた。
「――!」
(そう来たか!)
ダンタリオンの提案は、俺が「待っていたもの」でもあった。
「いいぜ。ダンタリオン――俺と契約を結ぼう」
ここは魔界だ。
生き残るには、悪魔の力だって借りようじゃないか。
「俺は生きて故郷に帰りたい。
ダンタリオンも人間界へ行きたいなら、目的地は一緒だな」
と、俺が言えば、ダンタリオンはコクリと頷いた。
「魂の契約がどんなものか、わかってるのか」
ダンタリオンが尋ねたので、俺は魂をジュースにしていたアスモデウスの様子を思い出す。
「ああ。アスモデウスから聞かされた。
…俺が死んだあと、魂も肉体も悪魔のものになるんだろ?」
ダンタリオンも同じ悪魔なら、あんな風に俺の魂をむさぼるのかもしれない。あんまり想像はつかないけど。
「……お前の魂はたいせつにするつもりだ」
「たいせつに食べるつもりか?!」
ダンタリオンは首を横に振った。
「違う。お前の魂は綺麗だ。
それに、俺はお前を堕落させる気もないってことだ」
「……?」
「だから最後まで綺麗なままで、そういう魂はエテルにはならない。肉体も骸骨の戦士にもならない。そうやって、『働き損』する悪魔たちを俺は何度もみたことがある」
なるほどな。
悪魔にとって価値のない魂でいればいいわけね。
「……でもそれじゃあ。ダンタリオンの得にならないんじゃないか?」
俺の疑問に、ダンタリオンはすらりと答えた。
「俺は人間界に行って、自分の正体を確かめたい。
パブロがそれに力を貸してくれるなら――、それで充分だ」
もう魔界に未練がないみたいに、ダンタリオンは澄んだ空気をまとっていた。
「よし、それじゃあ決まり。
俺もダンタリオンがどんな人間だったか興味があるしな」
俺はダンタリオンと向き合って、赤い瞳を見つめた。
仮面の奥で揺らめく眼光は、どこか優しく穏やかな雰囲気を醸している。
何度も俺の命を救ってきたこのヘンテコな悪魔と、魂と運命を共にすることを俺は静かに決意していた。




