37 ちびサタン(ダンタリオンの視点)
「……」
ちっこい悪魔は俺の肩からひょいと飛び降り、机の上で静かに座っていた。
彼なりに、何か思うことがあるようだ。
「腹は立つが、アスタロトの言う通りかもしれん」
と、呟いたちっこい悪魔は、自らの小さい手を見つめながら話し始めた。
「魔王だった頃の吾輩は、エテルを喰らうたびに憤怒が収まらんくてな。それを紛らわそうと、さらにまたエテルを欲してしまうという悪循環にハマっておったのよ」
まるで魔王サタン様であるかのような発言に引っかかった俺は、まさかと思いつつちっこい悪魔に尋ねてみる。
「……魔王だった頃?というのは」
ちっこい悪魔はふんと鼻を鳴らした。
「吾輩は魔王サタンであるぞ!」
「えっっ……!?」
俺がきょとんとすると、ちっこい悪魔……改め、ちびサタンは、その短い手で俺の手をぽかすかと叩いた。
「今更か、貴様!!威厳とかで早々にわかれ、バカ者!!」
「すいません……」
サタン様の理不尽な怒りも、このちっこい姿だとなんだか可愛い。
「吾輩は勇者に魔力を封じられ、家臣たちにエテルを持ち逃げされて、こんなちんちくりんな姿になってしまった。まさかダンタリオンに救われるとは思わなかったのだ」
「……」
「ダンタリオン。貴様が遺恨を晴らすというなら。
吾輩もそれを見届けてみたくなった」
「……え」
「吾輩は人間だったころの記憶とやらを、もう一片も有しておらん。
ゆえに、吾輩はこのままエテルを喰らわなければ、そのうち消えるだろうが、
それも悪くないと思ってな」
「えっと……」
「と言うわけで吾輩、消えるまではお前に付きまとうぞ!」
と、ちっこい悪魔……改めちびサタン様が、俺にびしっと指をさす。
(……!!)
なんちゅー宣言だ。
「魔王様が付いてくださるなら、俺も心強いです」
と、俺が答えれば、ちびサタンは嬉しかったようだ。
「し、仕方ねーな!」
と、両手の人差し指をつんつんする姿に、なんだか俺はキュンとしてしまった。
(魔王様にきゅんとする日がくるとは……)
と、頭を抱える俺の前に、空から「何か」が落下してきて、ぐさりと地面に刺さった。
「痛ってぇ~。も~マモンったら乱暴だぜ」
それは、人間の俺が切望したらしい存在。
「クロム……っ!!」
俺はクロムに駆け寄り、地面から引き抜いてやった。
「ダンタリオンの旦那ァ!!会いたかったぜ」
嬉しそうに飛び跳ねるクロムには、なぜかパイナップルの果実っぽい黄色い粘土が沢山突き刺さっている。
「お前……」
と、俺がその姿にツッコミを入れようとすると、クロムは表情に影を落とした。
「……なにも聞かないでくれ、旦那」
「わ、わかった……」
そんな俺たちの周りでは、市場の悪魔たちが騒ぎ立て、いっせいに逃げ惑い始めた。
「やべえよ!!」
「逃げろ、逃げろ!!」
辺りを見やれば、騒ぎの源はアスモデウスの館らしい。
建物は崩れて瓦礫が転がっているが、そこに巨大蜘蛛をつれたマモン様と大量のサソリを従えるアスモデウス様、さらにはベルフェゴール様が集っていた。
「カカカッ、7つの大罪が3体も集まって何をしようってんだ」
ちびサタンが笑っているが、そんな場合じゃない気がする。
「……!!一体、何が起こってる!?」
俺が困惑すると、クロムはパイナップル粘土を払い落しながら俺に告げる。
「あそこには勇者の兄ちゃんがいるんだ!」
「……パブロが?」
クロムの言う通りだ。
よく見れば、マモン様の巨大蜘蛛がパブロを糸で縛り上げているのが分かった。
せっかく治療したのに、肌にまた血が滲んでいる。
この一大事、面倒事を避けるためなら、この場を後にするほうが賢明だ。
しかし今俺は、俺の心の中の「衝動」とやらに耳を傾けている。
「……行こう」
それが俺の、素直な衝動だった。
行ってどうするのか。それはまた、その時の衝動に耳を傾けよう。
「お?そうこなくっちゃね、旦那ぁ!」
「ふん。面白いではないか」
俺はクロムと薬入れのカバンを手に握り、ちびサタンを肩に乗せて。
アスモデウスの館へと走り出した。




