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ダンタリオンと勇者   作者: 小栗とま
魔界の章
38/84

36 衝動のままに(ダンタリオンの視点)


「この話を聞いておぬしがどう思い、行動するか。

 それはわしの知ったことではない」


 アスタロトは静かに目を閉じ、また開いた。


「しかし、おぬしには今、例えば2つの道があることを示したい」


 アスタロトがこの暗い空間の床に手をかざすと、彼女の手に杖が現れた。


「1つは、時の流れに任せて記憶を全て忘れる。

 そしてエテルを喰らうことで存在を永らえ続け、悪魔として成熟する」


 と、アスタロトが言うのに合わせて、杖の先から黒い煙が現れて、より強大になった俺の姿が形作られた。


「……なるほど」


 きっとこれが、一番楽な道だろう。

 俺はそう感じた。


「もう1つは?」


 恐る恐る尋ねた俺を一瞥して、アスタロトは先ほどとは反対の方向に杖を向けた。


「ふむ。もう1つは、魂の契約をした人間の力を借りて、おぬしが人間だった頃の記憶を思い出す。そして、その遺恨を晴らすのだ」


 と、アスタロトの杖の先から、俺が人間と一緒にいる姿が煙で象られる。


「……俺が、人間と契約?」


 人間を避けてきた俺が、その正反対を行くということか。  

 やはりこちらは、ハードルが高い道だ。


「うぬぬ!そう簡単に、己の遺恨を思い出せるもんか!」


 と、ちっこい悪魔が喚いている。


「ダンタリオンはまだ記憶の欠片を有している。可能性があるのだ」


 アスタロトとちっこい悪魔は、まるで喧嘩するみたいに睨み合った。


「……えっと」


 第2の選択肢は、どう考えても難しい。 

 だが興味をそそられたのは確かだ。


「遺恨を晴らした後、俺はどうなる?」


「エテルを喰らわなければ、元来の魔界の掟にのっとり、おぬしの悪霊としての存在は砂と化して消え去る」


「……」


 やっぱり、消えてしまうのか。


「そうして人間界への執念を手放した魂は、ラピスラズリの魔洞窟を通って、人間界へ行き精霊になる」

「精霊に?」


 これには驚いた。

 悪魔と精霊――正反対の存在が、実は繋がっていたというのか。


「精霊として人間に恩恵をもたらした後は、天界へも行けるようになると言われている」

「……」


 こんな禍々しい見た目の俺が、精霊になり、人間に祝福される。

 そんな未来が起こるのだろうか。


「わしは第2の選択をとった」


 と、アスタロトは静かに語った。


「契約した人間の手を借りて、わしの一族を弔う祠をたてさせている。

 それが完成すれば、悪魔としてのわしは消え去るだろう」


「……!」


「その前に――おぬしにも、この選択肢があることを伝えておきたかったのだ」


 と、アスタロトは微笑んだ。


「ありがとう、アスタロト。少し、整理ができた気がする」


 俺は礼を告げると、一呼吸を置いた。 


「……精霊になりたいかと言われると、よく分からない。

 だが、俺は悪魔になるほどの遺恨を、忘れ去ってしまいたくはない。

 そこに大切な思いがあるような気がする」


 俺は俺の両手を見た。

 人間を治療していた人間の俺が、一体なにを考え、なにを恨んだのか。


「……」


 アスタロトには、きっと俺の過去もはっきりと見えている。


 だから今ここで、俺にこの話をしてくれたことに、

 何か俺の過去に繋がる「意味」があるのだろう。


(俺の正体を、教えてくれないか)


 そう口を開きかければ、アスタロトはしーっと指を立ててそれを阻止した。


「わしの口から、おぬしの過去を話しても意味ない。

 自らを知りたければ、まず、己が己にはめた認識の枠を外すのじゃ」


 俺は首をかしげる。

 そんな俺を見るのを楽しむように、アスタロトはふふっと笑みをこぼした。


「悪魔らしくないからと否定し、隠したおぬしの衝動の中に、

 おぬしの過去が、意志が、見いだせるということ」


 アスタロトはお茶目にウインクをした。


(隠した衝動、か……)


 思いを巡らす俺を見て、アスタロトは満足したようだ。


「――検討を祈るぞ、ダンタリオン」


 そう言うアスタロトの声を最後に、暗闇の空間が消え去り、俺とちっこい悪魔は元の市場へと戻った。



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