35 悪魔の能力(ダンタリオンの視点)
「わしにも人間だった頃の記憶がある」
アスタロトはそう言って、全身を覆い隠していたコートを取った。
そして露わになったアスタロトの姿は、コートの隙間から表出していた真っ黒なガスの塊ではなく。
赤色の長い髪を後ろで結い上げ、深紅の瞳を持つ美しい女性だった。
「これがわしの人間だったときの姿じゃ」
「……!」
予想と正反対の姿に唖然とする俺とちっこい悪魔を置き去りにして、アスタロトは女性の声で話し始めた。
「古の時のこと。占い師をしていたわしは、占いが外れた咎で一族もろとも殺された。もちろん、誰にも弔われることもない」
アスタロトは切なさに声を震わせた。
「その恨みのせいでじゃ、わしは死して悪魔になった。
未来を予見できずに死んだ因縁か、悪魔のわしは目に入る者たちの過去を垣間見る能力を得た」
「……!人間だった頃の遺恨と、悪魔の能力に関係があるということか?」
「そうじゃ。他の悪魔たちも、7つの大罪たちもそうだ。奴らの過去を見たとき、奴らの悪魔能力が、人間としての遺恨に深く根ざしていることに気が付いた。
どうやら人間の時に切望した力を、悪魔になると手に入れるらしい」
アスタロトは、全てを見透かすような目で俺を捕えた。
「ダンタリオン、おぬしが卓越した創薬の力を持っているのも。
おぬしが人間だったころの遺恨に関係している」
「……!」
この魔界では、まったく売れない創薬の力。
それも、人間だった俺からすれば喉から手がでるほど欲しいものだったのかもしれない。
「あの渦巻き型の剣を所持したこともな」
「……ク、クロムも?」
「そうじゃ。魔具や魔物の類は、そうして生まれる」
俺は考え込んだ。
俺がクロムを所持した理由が、創薬にこだわる理由が。
俺の過去にきっとあるのだ。
もう思い出せない。
だけど、その思いは俺を悪魔にするほどの執念だったはずだ。
(俺はなにを恨んで、悪魔になった?)
――知りたい。
それが人間だった俺の、強烈な思いだったはずだから。
知らなければいけない気がした。




