30 闇使いオルオン
魔界の王宮パンデモニウム、王座の間。
ここでは新たな魔王ルシファーが君臨し、
彼女に従う悪魔レヴィアタン、ベルゼブブが仕えていた。
そこへある人間の男が現れると、3体の悪魔の間に緊張が走った。
「魔王就任おめでとう、ルシファー」
と、ゆっくりと両手を叩き拍手を送る男の風貌は、
オズワルド王国宰相ネロその人である。
「オルオン様」
と、ルシファー、レヴィアタン、ベルゼブブが頭を垂れ、一斉に跪く。
7つの大罪の3体が服従を示すその光景は、魔界にまたとない珍しい様子であるのは言うまでもないことだ。
「ああ、いけない。
……汚い顔に姿を変えたままだった」
オルオンと呼ばれた男は、自分の顔を触り、ネロに変身していた魔法を解く。
その本来の姿は、白髪を長く伸ばした中年の男である。
顔は青白く、両目とも失明しており、切り傷の跡を残したまぶたを閉ざしている。
この男こそ、ルシファー、レヴィアタン、ベルゼブブの3体の悪魔と魂の契約を交わしている闇使いだ。
圧倒的な力を持つ闇使いとして自らが君臨するために、契約した3体の悪魔と共に人間界支配を企てている。
「全て、計画通り進んでいます」
ルシファーが粛々とそう告げるが、オルオンは不服そうに鼻を鳴らした。
「計画通り?ならば今頃すでに、ヨルムンガンドも、骸骨の戦士どもも、
人間界に進軍させているはずだ」
オルオンは、コリコリと首の骨の音をたて、首を傾げている。
そして口元には薄気味悪い笑みを浮かべているのだ。
この仕草は、彼の怒りが最高潮であることを示している。
「レヴィアタン、君の作戦ではなかったか?」
オルオンはレヴィアタンに詰め寄り、光のない瞳でまっすぐに睨みつける。
「ヨルムンガンドを勇者の剣に見立てる。そしてサタンと勇者パブロを同時に破滅させた暁には、すぐに人間界を征服してみせると?」
オルオンの畳み掛けるような冷たい声色が空間に染みていく。
「僕の作戦は間違っていません!
ただ、ただ、マモンの配下の雑魚悪魔が!思わぬ邪魔を入れただけだっ!」
レヴィアタンは自分の作戦が汚されたことに苛立ち、自分の指の爪を噛む。
決して自分が間違っていたとは思わないのが彼の性格である。
「レヴィアタンがミスったのは間違いねーけどよお」
と、ベルゼブブが野太い声をあげれば、レヴィアタンはきっと目くじらを立てた。
「おいらがわからねーのはよ。なんでアンタが、あんな弱っちー赤い髪の勇者にこだわったのかってことだよ」
ベルゼブブの疑問に、オルオンは激しい嫌悪感を露わにした。
そして次の瞬間には、腰に付帯していた剣を振りかざし、ベルゼブブの豚耳を切り落とした。
「ぎゃあああっ!」
痛さにもがくベルゼブブを前に、オルオンは淡々と話し続ける。
「私は魂を7つもっている、選ばれし人間だ。
そんな貴重な魂を……君に2つ、君に2つ、君には3つも捧げている」
オルオンはそう言いながら、レヴィアタン、ベルゼブブ、ルシファーを順に指さしていく。
「その私をがっかりさせるとは、どういうことだ。なあ、魔王よ?」
オルオンは静かな口調で、それでいて強引に、
ルシファーのあでやかな紫色の髪を掴んだ。
「貴様……っ!!」
と、レヴィアタンがオルオンにつかみかかろうとすれば、オルオンはその閉じられたまぶたを開いた。
「ふん。できないだろう?」
と、光の無い白い瞳が、冷たくレヴィアタンを見ている。
レヴィアタンはわなわなと震える拳を、オルオンにぶつけることもできずに静止していた。
「悪魔は人間に直接、危害を加えられない。
だから、人間か魔物を介して、人間に危害を加える」
オルオンは魔界の法則をよく理解していた。
「……ぐっ」
「やめなさい。レヴィアタン」
レヴィアタンが悔しそうに暴れるのを、ルシファーが静かな声で制する。
「フン」
オルオンはルシファーの髪の毛を掴んだまま、乱暴に突き放した。
「余計なことを気にする暇があるなら、早急に計画を勧めろ」
オルオンはそう言い残して、再びネロに変身すると人間界へと去っていった。




