28 リアの疑念
勇者の紅一点リア・クレメントは、魔界帰りの傷を癒すために、オズワルド王国・王宮の医務室にやってきていた。
「痛い~~っ!」
消毒液が染みて顔をしかめるリアに、王宮奴隷のケイン・アッシャーが手際よく包帯を巻いていく。
「よし。これでいいだろう。後はゆっくり休め」
ケインは王国一の医者と言われている青年だ。
その見た目は黒髪と三白眼の黒瞳であり、賢い黒猫のような風貌である。
しかし医療は、魔法が使えないミュルクたちの専門分野とされており、医者であるケインもまたミュルクであり奴隷身分なのだ。
ゆえに彼の働きが賞賛されることも、報酬が出ることもない。
「パブロのこと、聞かないの……?」
リアは俯いて、ケインに尋ねた。
パブロとケインが身分を超えた友人だということは、彼らの周りでは良く知られたことだったからだ。
「……」
ケインは沈黙して、パブロのことを思い返す。
パブロは騎士団の訓練や任務でしょっちゅう怪我をしては、ケインに手当をされていた。そのたびに無駄話をしていくので、それがきっかけで気を許す仲になっていた。
いつも呑気だったパブロが魔界できっと悲惨な死を遂げたことなど、ケインはまだ事実として受け止めきれないでいた。
「聞かないよ。……話すの、つらいだろ」
ケインは医療器具を片付けながら、淡々と話す。
その顔はそっぽを向いて俯いていて、リアには背中しか見えない。
(気遣ってくれてるの……?)
リアは少し驚いた。
ケインはぶっきらぼうで、王宮奴隷なのに敬語も使えないたちだ。
が、こういう時は優しいらしい。
「……それに、どうせかっこいい死に方したんだろ。
そんなの、聞きたくねーよ」
その強気な言葉とは裏腹に、ケインは友人を失った痛みをひしひしと受け止めているようにリアには見えた。
きっとリアに話させたくもないし、ケインが聞きたくもないんだろう。
「私、ケインに話しておきたいことある」
リアはゆっくりと口を開く。
「気になってることがあるの。
……パブロの剣には、何か仕掛けがしてあったんじゃないかって」
「……仕掛け?」
と、ケインはリアに向きあう。
リアは唇を震わせて、恐る恐る言葉を紡ぎ始めた。
「サタンを封じるために、私たちは4人とも聖なる剣をかざした。
なのに、サタンはパブロの剣にだけ吸い込まれていったの」
「パブロの剣にだけ?」
リアは額に汗を浮かべながら、頷いた。
「そう。しかもその時――パブロの剣の剣先が、蛇に変わったの」
「蛇?」
「うん。一瞬のことだし、パブロは気が付いてなかったみたいだけど……」
精霊の力を携えた聖なる剣が、蛇に姿を変えるとは考えずらい。
ケインはいよいよ怪しいと、首を傾げた。
「その後、パブロは、体がしびれて倒れたの。
……私、助けようとしたんだけど。骸骨の大群が押し寄せてきて、怖くて。
どうしようもなくて」
と、リアは話しながら、静かに涙を流した。
その震える肩に、ケインはそっと手を置いた。
「……。ごめん、結局話したね」
と、リアは申し訳なさそうに眉を垂らした。
ケインは「いいや」と首を横に振る。
「つまり。パブロはその変な剣のせいで死んだ可能性があるわけか。
それは……調べる価値はありそうだ」
ケインはその鋭い目を光らせた。
「協力してくれる?」
リアはまっすぐとケインを見つめる。
「当然」
ケインはそう言って立ち上がった。
その時、医務室の外でばさりと物音がした。
「……!」
ケインが、物音がした方に向かえば、そこに居たのはパブロの義妹であるエレナ・フルームだ。




