18 国王カイザーの苦悩
勇者が去った王座の間では、国王カイザー・オズワルドが1人、王座に腰掛けて苦悩していた。
彼を悩ませる種は、闇使いグレゴリー・オーサーである。
「弟よ……。なぜ私に歯向かう」
カイザーは溜息を吐くように、苦悩を口にする。
今では国王の威厳を醸し出す熟年に達したカイザーだが、彼にも幼き頃の忘れえぬ思い出があった。
それはかつて弟であったグレゴリー、――本名をグレゴリー・オズワルドと言う――との別れである。
♦
カイザーが15歳。グレゴリーが8歳の時である。
すでにカイザーは王位継承者として帝王教育を受けており、周囲の期待と注目を集めていた。
しかし弟のグレゴリーは正反対に、「存在を隠されて」育っていた。
理由は単純である。
精霊から授かる魔法を要とするオズワルド王国の皇子であるにも関わらず、グレゴリーは「魔法を使う事ができなかった」からだ。
魔法が使えない人間。
これは10000分の1の確率で起こりうる変異的な体質らしく、遺伝や環境で予想がつかない厄介な特質である。
そういった人間は「ミュルク」と呼称され、「精霊から愛されていない」と蔑まされ、いかに高貴な生まれでも奴隷身分に落とされる。
皇子たるグレゴリーが、ミュルクに生まれついたことは王国として秘匿せねばならぬ事項だったのだ。
カイザーは孤独な弟を哀れに思い、よくグレゴリーの遊び相手になった。
グレゴリーは黒い髪と黄色い瞳をもつ美しい少年で、頭もよかった。
グレゴリーは、ミュルクでさえなければ、きっとカイザーよりも王位に相応しい知性とカリスマ性を発揮しただろう。
カイザー自身そう思っていた。
帝王教育にうんざりしたカイザーの逃げ場は、いつもグレゴリーの部屋だった。
頭のいいグレゴリーが、カイザーの宿題を代わりにやってくれたのだ。
それに当時のグレゴリーは、闇使いの片鱗などひとかけらもない明るい少年で、カイザーは弟との時間が何より楽しかった。
王宮料理人のカツラを取ってみたり、王宮パーティーに令嬢のふりをして忍び込んでみたり、通路に飾られた騎士の甲冑を着て歩いて通行人を脅かしたり。
カイザーは、グレゴリーと一緒に悪ふざけをしては笑転げていたいたのだ。
しかしそれらのいたずらが父である前国王にバレてしまうと、事態は悪化した。
これ以上、グレゴリーの存在を隠しきれないと判断した前国王はグレゴリーを王宮からよそにやってしまうことを考えた。
そしてグレゴリーはオズワルド王国の辺境の地、アルフレッド・オーサー辺境伯の養子に出された。
アルフレッド・オーサー辺境伯は、王国では「変人」扱いされていた老伯爵だ。
なぜなら、ミュルクを奴隷ではなく、人間として扱うから。
そんなオーサー辺境伯ならグレゴリーをきっと大切にしてくれると、カイザーはせめてもの救いに胸をなでおろした。
それでも、弟との別れはカイザーにとってつらいものだった。
「もう会うなだって。……父上が」
それがグレゴリーがカイザーに、最後に残した言葉だ。
泣くのをこらえるように震えた弟の声に、カイザーは「そうか」と返すのが精一杯だった。カイザーも泣いていたからだ。
グレゴリーが少しの使用人と共に王宮を去ったとき、カイザーの心から明るく無邪気な少年の灯が消えたように思った。
♦
カイザーは国王としてグレゴリーを許すわけにはいかない。
しかし本当は、弟の良心を信じたいと思っている。
悪魔契約に手を染め、オーサー辺境伯領に立て籠り、ミュルクの奴隷と金品を要求する目的を、弟と語り合いたいと切に願っていたのだ。
しかし立て籠られたままでは交渉もできない。
マシュ・フルーム団長が率いる軍勢が、グレゴリーの身柄を拘束することがまず第1であると、国王は考えていたのだ。




