11 薬屋の苦悩 (ダンタリオンの視点)
魔王の象徴である「指輪」を得るために、7つの大罪が勇者を探している。
そんなクロムの推測が正しければ、勇者のひとりであるパブロは魔界のトップを争う悪魔たちに追われているということだ。
「……パブロは今どこで、何をしているんだろうな」
俺はなんとなく、あの勇者の無事を願った。
マモン様の命令のためだったとはいえ、苦労して治癒したのだから。生き延びて欲しかったし、俺の治癒能力の凄さを覚えていて欲しかった。
なんたって俺は、今まであんなに治癒にやりがいを感じたことはなかった。
悪魔と違って身体がもろい人間は、治癒の効果が見えやすい。
それに、傷を治したことをパブロに感謝されたとき、俺はなんだか心地が良かったのだ。
人間というものに漠然と恐れを抱いていた俺は、パブロに出会って少し変わった。
(人間になら…俺の創薬の力は、必要とされるのかもな)
そんなことを思ったが、これは「出来損ないの悪魔」らしい感情だと気が付き、慌てて蓋をする。
そして、「いや、俺は悪魔なんだから」と肝に銘じる。
「勇者の兄ちゃんのことが心配か?」
クロムはからかうように、弾けた声で俺に尋ねる。
「いや、違う。違うぞ」
そうつぶやきながら、俺は話題をそらすためにも、急いでクロムの手入れを終えた。
「わーい。綺麗になった!」
クロムはピカピカになった剣先をくるりと渦巻き状に丸めながら、ケラケラと笑い声をあげた。
「けどよお、旦那。勇者の兄ちゃんがどうなるか以前に、おいらたちがこれからどうするかも問題だぜ?」
「…そ、そうだな」
クロムの言う通りだ。
マモン様からエテルを貰えなくなった今、いろいろと生活が立ち行かなくなる心配があった。
まず、俺の家はマモン様の領地にあるから、マモン様に土地代を払わないといけない。家に3つある巨大な薬釜も、これもまたマモン様からの借り物だからレンタル代が必要だ。
なにより、悪魔である俺が生存するためにはエテルを「食べる」必要がある。
人間が聞いたらドン引きしそうだけど、悪魔には寿命がない代わりに、人間の魂に宿る「欲望」を摂取しないと存在できない。
その方法は、欲深い人間の死後の魂の結晶なるエテルを喰らうか、又は現在進行形で魂の契約をしている人間―つまり生きている―から直接に欲望のパワーを受け取るか、どちらかなのである。
魂の契約を避けてきた俺には後者の選択肢はないわけで、エテルを1週間に1回くらいの頻度で喰らうことで存命している。(マモン様からもらえる上質なエテルは欲望が濃縮されていて、かなりお腹いっぱいになれる。)
こうして考えると、マモン様からエテルをもらえないこれからの俺の、魔界生活が厳しいことは確かである。
なにもかも面倒になった俺は、ベットにだらりと横になる。
「はあ。いっそ消えたい」
無意識にそう口にした俺を、クロムは「しょうがねーなあ」という感じであしらっていた。
本気で言ったわけじゃないとわかってるのだ。
けど、現実的に「消える」悪魔はいる。
エテルを喰らわずに、存在が砂と化して消えていった悪魔を俺は幾度となく見たことがある。
「やっぱり消えたくない」
やっぱり、砂と化すのは怖い。
それに俺は薬を作っていたいし、俺の作った薬の凄さをいつか認められたい。
「そうこなくっちゃ!」
クロムが調子よく飛び跳ねて、励ましてくれる。
俺はクロムに微笑み掛けて(骨の仮面で表情なんて見えないんだが)、ゆっくりとこれからの生活に思いを巡らせた。
「……俺の薬が、もっと売れればいいんだが」
俺の特技といえば、薬をつくることだ。
けど、怪我なんてめったにしない上に、自力で治癒してしまう悪魔たちに治療薬が売れることはほぼない。
マモン様の特注でつくった、「舌を長くする薬」「肩幅を広げる薬」「角を生やす薬」がひょっとしたら売れるかもしれない。…いや、売れるのか?
「……売るしかないか」
俺は決意を口にして、薬をつめた小瓶をありったけトランクに詰めて両手に持った。
「市場に行こう、クロム」
クロムは「おう!」と弾けた声を出したのだが、引っかかったことがあるようで小首をかしげていた。




