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6  思いがけない贈りもの



 抜けるような青空に似たあの瞳を、毎日のように思い出す。サラサラとした明るい金色の髪との対比が、本当に綺麗だった。


 金髪に、青い瞳。その組み合わせの容姿は、この国では珍しくはない。たれ目ぎみで甘い雰囲気の顔立ちは、整ってはいるがどこか親しみやすさを含んでいた。


 今更になって思うが、あんなにも女性受けの良さそうな年頃の貴族の男性がいたら、社交界で話題になっていたはずだ。父が生きていた頃はそこそこ社交界に顔を出していたが、一度も見たことがない。


 彼はいったいどこの誰だったのか、気にならないと言えば嘘になる。しかし今となっては知りようもないし、知ったところでなんの意味もない。


 全ては過去のことと割り切って、彼と過ごした2週間の思い出はそっと胸にしまうことにした。



「ちょっとお姉さま、聞いているの!?」

「え?」

「サイラスさまからいただいたこのドレス、ステキでしょう?」

「……ええ、そうね」


 幽霊さんとお別れをしてから数日が経ち、明日はいよいよ王宮での夜会が開かれる。

 妹のシエンナはわざわざわたしを屋敷の広間に呼び出し、ドレスの自慢を始めた。


「サイラスさまったら、こんなにも似合うドレスを選んでくれるなんて、わたしのことが大好きなのね」

「本当によく似合っているわ」


 ドレスの裾を広げて見せつけるように言った妹の言葉に、本音で答えた。フリルがふんだんにあしらわれた明るいライトグリーン色のドレスは、本当に彼女によく似合っている。


 わたしたち姉妹は二人とも茶系の髪色をしているが、色素の薄いわたしとは反対に、シエンナの髪はオレンジの色味が強い。ライトグリーンのドレスは、そんな妹の髪がよく映えるのだ。


「既製品だけど、サイズはわたしにぴったり合うように直してくれたのよ。そのせいでギリギリになってしまったけど、これなら満足だわ」


 くるくる回りながら当然のことのように言う妹を見て、サイラス様も大変そうだな、としみじみと思った。自分で選んだ相手なのだから、同情はしないけど。


 むしろサイラス様をわたしから奪えたからか、最近は妹の機嫌がよく嫌がらせの頻度は低下している。正直、シエンナを選んでくれて感謝しているくらいだ。

 本当にお似合いだから、是非ともこのまま幸せになっていただきたい。


 そんなことを考えていると、広間の扉が勢いよく開かれた。


「ちょっとノアン、あなたこれはどういうことなの!?」

「お母様……? どうかされましたか?」


 どかどかと足音が鳴りそうな勢いで、母がこちらに歩いてくる。その後ろを、大きな箱を両手に抱えたメイドが付いてきた。


「これを見なさい」


 メイドが持っていた荷物を母が指し示したので、近くに寄って箱の上部を覗き込んだ。そこで目にしたものに、わたしは一瞬呼吸が止まる。


「なになに? どうしたのお母さま」

「シエンナ、あなたも見てみなさいな」


 隣に並んだ妹も同じように箱を見る。そして、固まる私とは正反対の反応をした。


「お姉さま宛ての荷物? ……え、これって……王家の印章よね。差出人は……ライベル殿下!?」


 驚きをのせた大きな声が広間に響いた。屋敷中に届いたのではというくらいの声の大きさに、隣にいたわたしはびくりと身体を揺らす。


「ノアン、どういうことなの? なぜ王家からあなた宛てに荷物なんて届くのかしら?」


 母の追求するようなまなざしに、ごくりと唾を飲み込んだ。

 それはこちらが聞きたい。だって、全く身に覚えがないのだ。


 何度見返しても宛先はわたしの名前になっており、差出人の欄にはライベル殿下の名前が書かれている。おまけに王家の印章まで添えられているものだから、これが間違いなく王宮から届けられたものだと言う証明になっていた。


「……心当たりが、ありません」


 わけが分からず、震える声で答えた。怖くて中身を見ることもできない。

 わたしの様子を目に留めた妹が、「貸してちょうだい」と言ってメイドから箱を奪い取り、そのまま無造作に床に置いてふたを開けた。


「なに……これ」


 その場にいた全員が息を飲んだのが分かった。妹が中身を取り出し、両手で持ってその場に掲げる。


 皆の視線の先にあったものは、すみれ色のドレス。きらきらと光りを反射する布が使われ、胸元には繊細な刺繍が施されている。裾にいくにしたがって色味が薄くなっており、そのグラテーションがとても美しかった。


「なんてステキなドレスなの……」


 うっとりとした顔で妹がドレスを見つめる。その隣で、わたしの頭の中の混乱は最高潮に達していた。


「ノアン、あなた殿下と面識があったの? ドレスを贈るなんて、相当親しい仲じゃないと考えられないわよ」


 母の言葉はもっともだ。こんな見るからに高級そうなドレス、普通は恋人や婚約者に贈るものだ。


「わたしは……殿下とは一切面識がありません。そもそもライベル殿下は帰国されたばかりと聞いていますし、わたしは学園以外には出向いていないので、知り合う機会もありません」

「たしかにそうね」


 わたしの言葉に、母も納得したようだった。しかし、だったらどうしてこのドレスはここに?

 他に考えられる理由があるとしたら、それは意中の相手に対して――


「わかったわ!」


 考えの途中で、妹が再び大きな声をあげる。


「このドレスは、殿下がわたしに贈ってくださったのよ!」

「……え?」


 思わず呆然と聞き返してしまったわたしを気にも留めず、妹は目を輝かせながら続けた。


「だってお姉さまはサイラスさまと別れて、まだひと月も経ってないのよ。オーダーメイドでドレスを作るには3週間はかかるんだから、サイラスさまと婚約している間に発注するのはおかしいわ。きっとどこかでわたしを見初めて、夜会にお招きしてくださったのよ! ほら見て、招待状まで入っているわ!」


 すみれ色のドレスを片手で抱きしめながら、もう片方の手で箱の中に残っていた招待状を手に取る。ちらりと見えた宛先はやっぱり私の名前になっていたけれど、頭の中にお花畑ができてしまったのか、妹は自分の考えが正しいと信じているようだ。


 どちらにしろわたしには心当たりがないし、この様子では、妹はもうドレスを手放さないだろう。

 残念なようなほっとしたような複雑な気分でいると、今度は母が口を開く。


「そうね、シエンナ。ノアンは地味で可愛げがないし、殿下がこの子を見初めるとは思えないもの。まだ帰国されたばかりで自国の令嬢の顔なんて覚えていないでしょうし、きっと名前を間違えてしまったのよ」

「そうよね、お母さま!」

「ええ、きっとそうだわ。ほら、さっそく着替えてみなさいな」


 母の言葉に、妹はメイドを連れて隣の部屋へ向かった。


 もう、何も言うまい。

 ふたりがそう解釈したのなら、それでいいだろう。わたしは無関係だ。


 いい加減部屋に戻りたいと思ったが、最後まで付き合わないと妹がどんな癇癪を起すか分からない。ここには母もいるし、仕方なく着替えが終わるのを待った。


 しばらくして戻ってきたシエンナは、満面の笑みでわたしと母の前に立つ。


「まあシエンナ! とても似合っているわ!」

「当然よお母さま、殿下がわたしのために選んでくださったんだもの!」


 くるりと一回転してポーズを決める。

 たしかに、可愛い。ドレスは。


 そう、ドレスは可愛いのだ。それはもう申し分なく。

 しかし、どうにも違和感がある。オレンジの色味が強いシエンナの髪色に、すみれ色のドレスが浮いているのだ。フリルも控えめで落ち着いた雰囲気になっており、16歳の彼女が着るにはまだ早すぎるように思える。


 だが、そんなことを口に出せるはずもなく。


「どうかしら、お姉さま」


 スカートを両手でつまみ、わたしの方を向く。

 そのとき、一瞬ドレスの胸元がずり落ちたように見えた。胸で支えるタイプのドレスなため、サイズが合っていないとドレスが動いてしまうのだ。

 しかし、妹はなにもなかったかのように、胸元を引き上げてにこりと笑った。


「に、似合っているんじゃないかしら?」


 そう答えるしかなかった。色合いや雰囲気どころか、サイズすら合っていないように見えるが、口には出せない。わたしは全てに気付かなかったふりをして頷いた。


 頷いた拍子に自分の胸元が見え、わたしだったらちょうどいいんじゃ、なんて考えが頭をよぎる。年齢の差もあると思うが、妹よりだいぶ育ってしまったので、そんなふうに思ってしまった。


「わたし明日はこのドレスを着るわ」

「サイラス様のドレスはどうするの」

「あのドレスはまた今度着ることにする。せっかく殿下が贈ってくださったんだもの、これを着て行かなかったら失礼じゃない」


 もっともな意見だが、サイラス様に対しての失礼はどうでもいいのか。まあ、どちらかを取るとしたら、王族を選ぶしかないだろう。

 サイラス様のドレスのほうがずっと似合っていると思うが、わたしが口を挟めることではない。


 靴やアクセサリーはどうしようかと悩め始めた母と妹を尻目に、こっそりと自室に戻った。



「……ライベル殿下」


 その人は会ったことも、話したこともない。12歳のころより隣国に渡った殿下は、そのご尊顔さえ世間には知られていない。たしか金色の髪に、青い瞳をお持ちだと聞いたことがある。


 無意識に、いつも幽霊さんと話していた窓を見た。


「まさか……ね」


 そんなこと、ありえるわけがない。彼は死んで、天国に行ったのだ。

 一瞬浮かんだ考えを全力で否定して、ベッドに突っ伏す。


 ……会いたい。

 まだお別れをして5日しか経っていないのに、あれからもう何週間も過ぎているような気がする。


 目を閉じて、まぶたの裏に残る彼と別れた最後の夜空を、何度も思い返した。



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