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釣りももうちょっとで終わりです!
「ヒーーーーーット!」
大声を張り上げながら、コトハがこれでもかというくらいに竿を立てる。
その直後――バシャっと水中から飛び出してきたのは、全長1m30cmのブルーテール。
か細い竹竿と釣り糸でどうしたらこのような大物が引き上げられるのか。物理法則を考えだしたらキリがないので気にしないでおこう。
「どうどう、わたしけっこう上手でしょ?」
片手に大魚を携えているコトハが獲物を見せびらかしにきた。
ピチピチとうるさいので早くインベントリにしまって欲しい。
「素直に感心したよ。普通こういうのって経験を積んでコツを覚えてかなきゃいけないんだけど、反応だけで釣り上げるなんてな」
「ふふん、こう見えて運動神経はいい方なのよ。この程度なら朝飯前だわ」
「……俺も朝飯前のはずだったんだけどな」
ぼそりとかたわらで呟いたのは、俺が来るまで元気満点だった冒険者、カムイ。
彼は、あっけなく高難易度の魚を釣り上げていくコトハを見て、精気を失った顔色をしている。これが才能の差というやつなのだろう。僅かばかり同情する。
「……」
そしてフィイもまた、どんよりと沈んだ面持ちのまま突っ立っていた。
釣りを始めてからかれこれ一時間くらい経ったものの、未だに当たりを引けなくてうんざりしているのだろう。混濁しきった目が死んだ魚のそれだ。
「フィイ、大丈夫か?」
「……どうしてコトハくんはあれほど簡単にやってのけるのだろうか。とても同じ人間とは思えない。やはりわれは、運動面での才能が絶望的なのだろう」
フィイが深々と嘆息する。その自虐を否定してやれないのが辛いところだ。
魚が餌に食らいつくと、竿先が下に沈む。適切なタイミングを見極めて釣り竿を上げるとHIT扱いになるのだが、いかんせん彼女が反応した頃には魚は逃げてしまっている。竿を上げる時機が五秒ほど遅い。
「アレは引き合いに出さない方が良い。もともとこの釣りは見て反応するものじゃなくて、タイミングを覚えるものなんだ。竿が引っ張られてから0.1秒も経たずに反応するあいつはたぶん人間じゃない」
「やはりコトハくんは人を辞めていたのだな。うむ、であれば納得だ」
フィイと頷いていると、刃物も同然の鋭い視線を感じたが、気にしない。……あいつ意外と地獄耳なんだな、報復が怖いから後でスイーツでも奢ってやろう。
「しかしこうも上手くいかないと楽しくないのだ。そこでなのだが……アルトくんにわれを手伝って欲しいのだ。もし嫌でなければの話で……強要とかではないのだけれど」
「手伝うって、具体的に何をすればいいんだ?」
「た、たとえばこう、われの後ろから一緒に竿を握ったり、釣り上げるタイミングを教えてくれたり……」
それは手伝うというより、もはや俺ひとりの所業ではないだろうか。
「まあ分かった、協力するよ。レベリングでも何でもみんなで楽しまなきゃ意味がないからな。ひとりだけのけ者っていうのは俺の思うパーティーと違うし」
「つまり問題ないということだな……うむ、それでは早速……お願いします……」
フィイの背中に回って、竹竿に手を添える。身長差があるおかげでだいぶ彼女を抱え込みやすかった。……なんかフィイの手がぷるぷるしてるけど、慣れない釣りに緊張しているのだろうか。
「上手く釣るコツなんだけど、糸を垂らすと魚が寄ってくるだろ? そこでまず魚影の大きさを見て獲物の正体を割り出すんだ。これは小さいからロックフィッシュだな。それで、魚がこっちの釣り針にターゲットを向けた時から七秒後に」
「……」
「フィイ?」
先ほどから彼女の様子がどうもおかしい。顔は赤いしぐるぐる目になっている。やっぱり俺の知らないうちにADRICAで風邪が実装されたのかもしれない。厄介な状態異常だな。
「体調がすぐれないのならやめておこうか?」
「い、いや! われはまだやれる、まだまだやれるのだよアルトくん。……だからしばらくは……このままで……」
「そうか? 大丈夫そうならいいんだけど」
若干、彼女の容態が気掛かりではあるものの、釣り自体はスムーズに進んだ。
一匹、一匹、また一匹と魚たちを釣り上げていく。釣っているのは全部俺だが、フィイが楽しそうにしていたのでよしとしよう。
ちなみに業績の進行状況を確認してみると、面白いことに、このやり方だと〝魚を釣ったプレイヤー〟は俺じゃなくてフィイ扱いになっていた。
これはいいな。ややインチキ感が否めないが、これで彼女も釣り業績を進めることができる。利用できる手段は利用させてもらおう。







