089(釣り)
寒くなってきたのでお魚が美味しい時期ですね。
この世界の釣りには規則性がある。
魚の種類によって食いつくタイミングが違うのはもちろん、時間によって出現する魚種も変わる。
魚が食いついたタイミングで竿を引き上げることができれば、確定でHIT扱いになる。途中でバレることは絶対にない。
そう言うと簡単に聞こえるかもしれないが、このタイミングというのがかなり鬼畜で、酷いものは魚が餌に食いついてから0.1秒で竿を引かなければいけない。
そうそう簡単には釣らせてくれない仕様になっている。
「おっしゃああぁ、これはもらったあぁ!!」
隣の男――カムイがおおげさに竿を引き上げる。
水面から顔を出したのは全長90cmくらいの魚マニマニ。体高も十分な太さがあり、なかなかのサイズである。
「やりましたねカムイさん! 業績〝釣り名人〟達成まであと十匹ですよ!」
「粘った甲斐があるってものだな。来週にはもう到達していることもあり得る」
「またまた御冗談を、カムイさんならきっと三日も掛かりません」
「もしかするとそうかもしれない。俺くらいの腕利きにかかれば、この程度は朝飯前だからな」
ハハハ、と軽快に笑い合う二人と、それを羨ましそうに眺めている周りの冒険者たち。
あれくらい別に大したことじゃないんだけど、こいつらは釣り下手なのだろうか。
しばらく様子を見ていたが、けっこうな頻度で獲物を逃がしている者が多い。まだ釣り慣れしていない冒険者が多いようだ。
「お、釣れた」
ヒュっと竿を上げるとそこには、よく肥えたマニマニの姿が。大きさはカムイが釣り上げたものと同等くらいか。刺身にしてよし煮つけにしてよしの淡泊な身質である。
「……なあ君、もしかしていま魚を釣り上げたのか? 見間違いでなければ君もマニマニを手にしたように見えたのだが」
魚をインベントリにしまったところで、カムイに声を掛けられる。
「ああ、ついさっき釣ったばかりだけど、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって……そこはもっと喜ぶべきではないか。釣り上げるのが極めて難しい魚なんだぞ。業績〝釣り名人〟の獲得にも近づいたはずだ」
カムイは俺の態度がやや気に入らないらしい。
釣り名人って言うと、二十匹魚を釣ることで入手できる、釣りで最も低難易度の業績か。あんなものは目標にすらしてないんだが……なんと言っていいのやら。
「そうか? とりわけ難しくもないと思うんだけどな。他にも難しい魚はもっといるし」
「はっ、とんだでたらめを。そう言うのなら、その難しい魚とやらを今ここで釣り――」
「あ、HITした」
ザブンと、水しぶきをあげて飛び出した魚はロックフィッシュ。全長30cmほど、岩のようなゴツイ見た目をしてるけど、味は意外にも美味らしい。
「馬鹿な、今度はロックフィッシュだと……確かにマニマニよりも竿を引くタイミングがシビアだとされているが……所詮はまぐれ当たりに過ぎない」
「俺のことはいいんだけどさ、そっちも来てるみたいだぞ。早く竿を引き上げないと」
「なにっ、そんなはずは――」
彼の竿先が、くいくいと下に引き寄せられている。
それを見て慌てて竿を立てるカムイ。……何も掛かっていない釣り針だけが宙を舞う。
かくも虚しい結果である。
「ぐ、ぐぐ……」
「カムイさん、落ち着いてください。まだまだ時間はありますから!」
「そうだな……まだ焦るような段階ではない。ゆっくりでいいんだ、確実に好機を狙って」
「――HIT、ちょろいな」
三匹目の魚が水面より姿を見せる。ブルーテール、直訳すると青い尻尾。
全長1mオーバーで丸々と肥えたいい個体だ。見た目はブリに似ているが、どうして湖で海水魚が釣れるのかまでは知らない。
「なあ、あいつちょっとおかしくねえか?」
「たった数分で三匹も……それも高難易度の魚ばかり釣り上げてやがる。チーターなのか天才なのか……」
黙々と釣っていたところ、周りの冒険者がざわつき始めた。
あいにく俺は知識が豊富なだけで、特別な才能もチートも持っちゃいない。特定の魚影が見えてから何秒後に食いつくかを知っているだけだ。
確実にHITさせるために途方もない努力を積み重ねてきた。釣りだけでも何十時間を費やしたことか……。







