050
「アルトくん、それは何をしようとしているのだ?」
突然インベントリから緑色のポーションを取り出した俺を見て、フィイは不思議そうな顔をした。ADRICAではHPポーションは赤色。緑色の小瓶が見慣れないのだろう。
「これは〝毒ポーション〟だ。飲むと一定時間毒状態になって体力を削られる」
「ど、毒とは……そんなものを飲んで大丈夫なのか」
「ああ、瀕死になるけど問題ない。これはスキル〝激震〟を発動するための調整だからな。ステータスの倍率を上げるために必要でやってる」
「そう言えば、体力が少なくなるほど強くなるスキルであったか。うむ、それなら納得だ。しかし瀕死の状態を好むとは、他の冒険者が聞けばきっと驚きの声を上げるだろう。冒険者とは本来、是が非でも生き延びようとするものだからな」
フィイがちらりと逸らした視線の先、そこにはまさに〝生き延びようとする〟冒険者の姿があった。
「あぶ――危ないじゃないこのデカブツ! 当たったらどうしてくれるのよ! いい、わたしはいずれ最強の名を手にする駆け出し冒険者、アルトパーティーの――」
やんややんや言いながら、必死になって逃げ周る藍色髪。もういい加減、覚えてきたのだが、あいつは毎度その台詞を敵に紹介するつもりなのだろうか。
大王ゴブリンは縦に横に大きいモンスターで、身長五メートルオーバーの巨漢だ。その体躯に比例して攻撃範囲もまた広く、手に持った巨大モーニングスターの振り降ろし、薙ぎ払いは、掠っただけでも致命傷となりうる。
さらにその攻撃性能の高さも驚異的だ。やつの攻撃力は800と、やわなコトハでなくとも並みの冒険者ですら数発で力尽きるほど高い。
LvUPして体力にポイントを全振りしたコトハだけど、それでもまだHP900か。ぎりぎり一発は耐えられるけど……って感じだな。
「フィイ、悪いんだけどあいつがダウンしないように注意しててくれないか。危なくなったら〝リンカーネイション〟を付与して欲しい」
「うむ、りょうかいした。しかしこの分だと長くは持たなさそうだな」
しばらく経った今も、コトハはなかなか攻撃に転ずることができず、終始回避に徹底していた。
たぶん行動パターンはもう見切っているはずだから、前に踏み出せない理由は別の要因だろうな。近づいてミスプレイをするのが怖いとか。
大王ゴブリンの厄介なところは、デカイ図体のくせに攻撃速度がまあまあ速いところだ。もともとパーティーで挑む前提で設計されてるから、ソロで、それも初見のコトハには荷が重すぎたかもしれない。
「――コトハくん危ない!」
フィイが彼女の名前を呼んだとほぼ同時に迫るモーニングスター。
無慈悲なる打撃は華奢なコトハの体を捉えて、薙ぎ払われる。
「痛っ――」
そして彼女はそのまま弾き飛ばされてどんっと壁に激突した。
けっこうヒヤッとしたが、この世界に一定以上の痛覚は無いしひとつも外傷を負ってないコトハを見ると安心した。「痛い」というのも反射的な言葉だろう。ゲーマーにありがちな反応だ。
それでも、これはやばいか。
「どうして、コトハくんはまだHPがあるのにどうして動かないのだ?」
フィイが微動だにしないコトハを見て焦りをあらわにした。
「KBだろうな……HPの30%にあたるダメージを受けると、少しの間動けなくなるんだ。KBはMOBにもあって、MOBの場合は10%だったりするが……とにかくこれはまずそうだ」
大王ゴブリンは容赦なく、座ったままのコトハを仕留めようと詰め寄っている。
追撃によっていよいよコトハを戦闘不能にする――その寸前のことだった。
KB……日本語でいうところの「のけ反り」。攻撃をもらうと、のけぞって一定時間動けなくなります。プレイヤーとMOBどちらにも設定されていることが多いです。







