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「民よ、法を聴き、(なんじ)の耳を女神の口に(かたむ)けよ。

 口を(ひら)きて、その(たと)えを、(いにしえ)よりの()を述べん。

 女神が聞きし所、列祖(れっそ)我等(われら)に伝えし所を。

 ()の子孫に隠さずして、主の光榮(こうえい)と、其の権能(けんのう)と、其の行いし奇迹(きせき)とを後世に()べん――」


「こ、これはまさか!」


 ハイデ神父が絶句したところを見るあたり、どうやら俺の目論見(もくろみ)が成功したようだ。


 俺がいま長々と口にした詠唱は、かねてよりノルナリヤ大聖堂に伝わる詩篇(しへん)の第九二聖詠(せいえい)


 信徒たちが日々、音読している聖書を、一字一句間違えることなく口にしたんだ。これによって、おそらく神父からの好感度がかなり高まるだろう。アイテムテキストを全て記憶していた甲斐があった。


「き、君はどうしてそれを口にできるのかね。見るからに信徒ではなさそうだが……」


「ノルナリヤ大聖堂について以前から興味があったんです。ここにはかつて野蛮なモンスターたちから民を守った、偉大なる女神さまがいると聞き及んでいましたから。

 だから俺たちは勉強してきたんです。それでもしよければ、俺たちをその教えに加えさせて頂きたいのですが」


「おおぉ……なんと、なんということだ……こんなにも熱烈(ねつれつ)な信徒が芽吹いていたとは。君たちが入信を目的にやって来たのなら、追い払うのは無下(むげ)というものだ。うむ、前向きに検討してみよう。少々まってくれたまえ」


 ハイデ神父は先ほどまでの憤激(ふんげき)はどこへやら、喜色満面(きしょくまんめん)のまま奥の方へと消えていった。


 危ない危ない、ひとまずはこれで何とかなりそうだ。


「アルトくんよ、大したものじゃないか。どうせ今のは全て演技なのだろう? まさか咄嗟(とっさ)に弁解してのけるとはね。いやはや感服(かんぷく)した」


 フィイにぱちぱちと手を叩いて賞賛(しょうさん)される。ずっと眠そうな顔のままなんだが、本当に感心しているのだろうか。


「それよりも――おいコトハ」


 呼びかけると小さな背中がびくりと跳ねる。


「は、はい……」とだけ返事をして、彼女は申し訳なさそうに視線を落としている。悪いことをしたという自覚はあるみたいだ。


「分かってはいると思うけど、もう少し自重(じちょう)してくれ。あんまり好き勝手やられると、後々こまるのは俺たちなんだから。少しは考えて行動しろ」


「……ごめんなさい」


 コトハにしては珍しい素直な謝罪だった。しょげた顔つきはまるで小動物のそれである。


「そ、それじゃあわたし、飲み物とか取ってくるわね」


 そして彼女は逃げ出すようにその場を離れる。……少し言い過ぎただろうか。


「アルトくんよ。いったいどうしたと言うのかね。君にしてはらしくもない態度じゃないか」


 ひとり悶々(もんもん)としていると、内心の悩みをフィイに察知された。


「実はかくかくしかじかで――どうも常識が欠けているみたいなんだよあいつは。これからのことを考えてどうしたものやらと」


 これまでのことを一通り耳にしたフィイは「何だ、そんなことかね」と首を振ってから、


微笑(ほほえ)ましいものじゃないか。彼女なりに必死になっているんだろう。〝誰かのために〟と躍起(やっき)になるのは素敵なことだとわれは思うよ」


「誰かのためにって?」


 この問いにだけは、フィイは口を(つぐ)んだまま何も言おうとしなかった。


「――行動に出る時、人は二つの種類に分かれる。ひとつが、計画を立てて理性の元に動く者。そしてもうひとつが、感情のままに動く者だ。われはもっぱら前者なのだが、コトハくんはおそらく後者の人種なのだろう。

 なに、どちらが優れているという話ではない。後者の人間は、前者の人間にはない熱量を持っているんだ。つまり一見して我が儘に見える彼女にも、なにか熱くなれるモノがあるということだよ。それを努々(ゆめゆめ)、理解してあげたまえよアルトくん」


「ああ……そうだな」


 フィイの言葉をかえりみれば、コトハは確かに自由気ままながらも、一貫性のある行動を取っていたかもしれない。彼女の願いは〝強い冒険者になること〟と――あともうひとつありそうな気がするんだけど、浮かばない。


 それでもあいつが全力で夢を追っていることだけは間違いない。いい意味でも悪い意味でも真面目なんだろうな、自分に正直っていうか……せめてもう少し理性を取り入れてくれると御の字ではあるんだけど。


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