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「あれがベヒモスね。確かに強敵みたいだけどわたしたちの敵じゃないわ。いつも通り、バフを盛って倒せばいいのよ」
コトハがふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「いいや今回はそう簡単にいかないと思う。ベヒモスは冒険者のバフをリセットするスキルを持っているし防御力が高い。おまけに攻撃はAoEスキルばかりで、かなり苦戦するだろう」
「何よそれ、面倒くさいってレベルじゃないわよ。どうしてそんなモンスターが出現しているわけ?」
「さあな。ベヒモスの出現条件は〝エオタート丘陵地帯で食べ物を百個生産すること〟だがいったいどこのどいつがそんな真似をしたのやら」
豊穣のシンボルであるベヒモスを呼び起こすには、奇妙な手順を踏まえなければいけない。こんなモンスター蔓延る地でゆっくり食べ物生産など、普通はやろうとすら思わないだろう。
とにもかくにも出てきてしまっている以上は仕方ない。犯人捜しよりもまずはベヒモスの打倒である。
「隠しボスとは面白そうなことになってきたではないか。うむ、相手として不足ない」
「ククク……来た甲斐があったというものよ。深淵の支配者たる我が直に葬ってやろうではないか。さあ構えよ皆の衆、血沸き肉躍る戦いを始めようぞ!」
事態を嗅ぎつけて、荷台からダブル金髪が降りてきた。
しかし今回はただの戦いとはいかない。メインはマイアさんの護衛だ、ベヒモスと戦っている間に彼女を疎かにしては本末転倒。アタッカーのうち誰かひとりをマイアさんの護衛役に当てる必要がある。
「みんなやる気なのはいいけど勘違いはしないでくれよ。依頼内容はマイアさんを無事に村まで届けることだ。丘陵地にはベヒモス以外にもモンスターはいることだし、全員で特攻はできない。最低でも一人は護衛役に当てないと」
「でもパーティーでアタッカーは三人しかいないよ? おにいちゃんとおねえちゃんとペルだと、だれを護衛役にした方がいいのかな」
リズの疑問に、一同はうーんと唸る。
俺は範囲攻撃に優れており、等価と激震でボス戦でも高火力を出せる。だがバフリセットをされたらわけが違う。ステータスの再分配がキャンセルされれば、ただ中途半端なステータスをした冒険者になるだろう。低火力になることは否めない。
コトハは全ジョブ屈指のDPSを叩き出せるバーサーカー、対ボスのような一対一に秀でている。おまけに〝バーサーカーⅢ〟は一切の状態異常効果を受け付けない。彼女の固有スキルだけ、バフリセされる不安はないということだ。
ペルは死霊の大軍勢を操るネクロマンサー、場合によって対多数も少数もいける。しかしサモンには制限時間があり長期戦には向いていない。
「この中だと……俺が護衛役に徹した方がいいかな。等価交換と激震がリセットされたら、どう足掻いても火力を出せない。コトハとペルで戦いにいってくれ」
「たった二人で足りるのだろうか。見たまえよアルトくん、ボスのHPは1000万とバステウス浜辺のボス級なのだ。討伐だけでも何時間かかるか分からないぞ」
フィイが鋭い指摘を挙げた。
「そうだな……同じ1000万でもバフが無いんじゃかなり違う。最悪半日コースになるかもしれない」
「半日って嘘でしょ!? 今から始めたら日が暮れちゃうわ」
「何とか早めに終わらせたいのはやまやまなんだけど、しかしだな……」
俺たちのパーティー人数は五人。最大で八人まで編成できるが辺りに他の冒険者はいない。スカウトも共闘もできない状態だ。無いものは無いのである。
「一旦バルドレイヤに戻って仲間を探してみてはどうだろうか」
フィイが意見する。
「それも考えたがこれはギルドクエストだ。必ずギルドメンバーのみで達成しなきゃいけない。臨時で加入させるという手もあるが……俺たちだけじゃクリアできない、なんて思われるのは癪だ。まるでクエストの代行みたいでさ」
「ギルド内で力を貸してくれる人はいるんじゃないかな。ほら、騎士団長さんとか凄い動きのおにいちゃんとか!」
リズがパーシヴァルとエレンを候補に挙げる。
思い返してみれば、二人は同じギルドに在籍していたんだった。いつもはギルドハウスにいないけど彼らも俺たちのギルドメンバー。頼れる可能性は大いにある。