183(エオタート丘陵地帯)
『どなどなどなど~な~♪ 荷馬車に揺られて~♪』
荷台からペルとフィイの楽しそうな歌声が聞こえてくる。
ヘズシルたちの一件から翌日、俺たちは新たに受けたクエストを消化するため、エルア鉱山の先にある〝エオタート丘陵地帯〟に訪れていた。
今回のクエスト内容は〝依頼人の護衛〟。女性商人のマイアトリさんをモンスターから守らないといけない。いわゆる護衛クエストというやつだ。
マイアさんが馬車を引いて、俺は右側、コトハは左側と両サイドから彼女に危害が及ばないように位置取っている。ペルとフィイは歩き疲れたとのことで荷台の中で斉唱中だ。
「おにいちゃん、リズたちはどこに向かっているの?」
彼女が俺の手を取って言った。
「丘陵地の向こう側だよ。次のエリア〝シブレル平原〟にある村がゴールだ。それまではマイアさんを守らないといけないから集中しよう」
「でも今回はあまり苦労せずに済みそうだわ。だってそれほど危険なモンスターがいなさそうだもの」
反対側からコトハが声を上げた。彼女はまたそうやってフラグを……。
「モンスターは確かにそうだけど、フィールドでは何が起こるか分からない。昨日みたいに場合によっちゃあ人間が敵になることもあるんだ。気を付けるに越したことはないぞ」
「MPKよね、ほんとうにムカつくやり方だわ。わざとモンスターを集めて別の誰かにぶつけるだなんて。人のすることとは思えないわ」
「MPKとは――まさかモンスタープレイヤーキルですか」
馬車を引いていた依頼主マイアが会話に割って入った。よほど驚いているのか、口が開いたままになっている。
「ああ、デスペナルティのアイテムドロップ狙いで他の冒険者をダウンさせている奴がいたんだ。悪質な行為極まりない」
「よもやそのような事件に巻き込まれていたなんて……災難でしたね。言われてみれば、今朝バルドレイヤで噂になっていることがありました。何でも外道な行いをしたパーティーが都市を追放されただとか何とか」
「ほんとうに物騒な世の中だよ。みんな仲良くしてくれたらいいのに」
「みんな仲良く……ですか」
マイアの顔色がどんよりと沈む。何か引っかかることでもあったのだろうか。
「どうしたんだ、随分と深刻そうな顔つきだけど」
「いえお構いなく、こちらの話ですから」
「もし困っていることがあるのなら手伝うよ。マイアさんがよければだけど」
「えっと……それでは……」
こくりと頷くと、彼女はとある問題を打ち明けた。
マイアさんの村には何人か冒険者志望の女の子がいるらしい。初めはみんな仲良くやっていたものの、高まる競争心からか、今ではお互いに不毛なマウントを取り合うことがしょっちゅうあるのだと言う。
ある時は装備で、ある時はLvでと、彼らの関係は悪くなる一方。そのうちMPKなどの害悪行為に発展しないか不安だそうだ。どうにかしたいとは考えているが、マイアさんでは手の施しようがないとのこと。
不必要なマウンティングはMMORPGプレイヤーらしいと言えばらしい。が、その状況が良いか悪いかで言ったら当然悪い。放っておけば絶交に発展するだろう。フレンドとの関係なんてそんなものだ。ほんの少しいざこざが起きただけで消滅する。
「よし分かった。起きている問題は理解できたし、今のクエストが終わったら立ち会ってみるよ。みな誰しも通る道ではあるんだけど、そういうのは誰かが注意しないと治らないものだからな」
「すみません、こんな面倒事を引き受けてもらって」
「全然大丈夫。きっとうまく関係を修復してみせるよ。――うちにもその手のタイプになりかけたやつが一人いたからな。扱いには多少慣れている」
「慣れ……でしょうか?」
マイアさんが不思議そうに語尾を上げる。
俺の反対側――「どうして自分が見つめられているのか分からない」みたいな顔をしているお姫さまは、誰のことを言っているかまったく理解していなさそうだった。