174(ネクベル湖のほとり)
最終目標である魔王討伐のため、しばらくは日課を消化する日々が続いていた。
海岸で鉱石を集めて、ドロップしたレアアイテムはオークションに流しつつ、IDバステウス浜辺を周回して経験値を稼ぐ。
この日も俺たちは日課を終えて帰宅した。
残った時間はのんびりと過ごすつもりだったのだが、
「みんな見て! またわたしたちに新しいクエストが舞い込んできたわよ!」
コトハが居間に騒ぎを持ちかけてきた。一通の封筒を手に握り締めている。さしずめ前回同様にギルドクエストだろう。
「今度はなにかしら、きっと最強で伝説で偉大なるドラゴン討伐とかに違いないわ!」
すっかり浮かれた調子でコトハが言う。
「クエスト、クエスト♪」
「内容が気になるところなのだ。コトハくん早く開けてみたまえよ」
リズとフィイもまた大いに期待を寄せている様子だ。
ソロID中のペルが不在のままだけど、先に中身だけでも確認しておこう。
「〝ギルドクエスト 黄金のアジサイ採集〟ネクベル湖のほとりで稀に出現する金のアジサイをひとつだけ採ってきて欲しいとのことだ。報酬は100,000ルクス。まあ……それほど大したクエストでもないが、初めはこんなものだろう」
またもや雑用クエストに、てっきり彼女たちは落胆するかと思いきや、
「いいわね採集クエスト、たくさん収穫して都市をアジサイまみれにしてあげましょう!」
「これはもうやるしかないと女神さまからの啓示が――」
「あのねおにいちゃん、リズはこのクエスト受けたいなって」
みんなすごいやる気である。
さすがにこの雰囲気をぶち壊すわけにはいかないな。
「それじゃあ明日にでも――」
「何を言ってるのよ、やるなら今日がいいわ。せっかく時間もあることだし」
「たしかにそれはそうだけど……みんなは今からでも問題ないか?」
コトハは返事をして、フィイは頷き、リズは声を上げて賛成する。
全会一致なら迷う必要はない。俺たちはテミティア大高原の北東にある〝ネクベル湖のほとり〟へと向かった。
「――さあさあ湖に着いたわよ。さっそくアイテムの収集といきましょう!」
かくして何とか日没までには到着。コトハの掛け声によって、採集スタートといきたかったのだが……。
「ちょっと待て、ここは全員一緒に行動しよう」
いざ俺が意見すると、彼女たちは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてなのだ? 前みたく四人ばらばらで動いた方が探す手間が減ると思うのだよ」
フィイが聞いた。
「それは間違いなくそうだが、そもそもみんなはアジサイが分かるのか。悪いけど、またわけのわからないガラクタを収集してクイズ大会をするつもりはないぞ」
「ガラクタだなんて失礼ね! それくらいちゃんと分かるわよ」
コトハが威勢よく食って掛かった。
「よおし、それじゃあアジサイの特徴を言ってみろ」
「ふふん、馬鹿にしないでよね。由来を考えれば一目瞭然よ! アジサイはアジのサイ、つまり美味しい野生動物か何かってところよね!」
こいつはてんでダメだ。常人には理解し難い思考回路を持ち得ている。彼女の脳みそは胃袋に搭載されているのだろうか。
「次、フィイは?」
「どこかで聞いたことのある名前なのだ……草か何かだったような……」
惜しい。草というより被子植物の一種である。
「リズは?」
「分かんないけど、おにいちゃんのためにがんばりたいなって!」
「そうか……」
やはり事前に聞いておいて正解だった。これじゃあ小一時間、探索してもろくに集まらないだろう。むしろ俺ひとりの方がいいまである。
「フィールドにはモンスターがいることだ。みんなで集まって敵を倒しながら進もう。時間はかかるだろうけど、きっとそのうち見つかるはず」
『えぇー』
明らかに不満な声が鳴ったが、俺はもう前に進みだした。このまま押し問答をしていてもろくなことにならないのである。
「あれは――」
探索を開始してから数十分。俺たちはほとりで焚火を起こしている、三人の冒険者たちと遭遇した。
彼らは誰も喋ろうとはせず、ジッと火を見つめている。どうも只ならぬ気配だ。何かトラブルでもあったのだろうか。