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フィールドに見える百を超える大蟹たちを、アンデッドが物ともせずに駆逐していく。
首無し鎧、骸骨戦士、石像、首だけの亡霊――それら多くの手下をたった一人で操作しているリズはほんとうに見事だ。素晴らしい指揮能力だと言う他ない。
「――今度は青いカニが出てきたのだ!」
「茹でたら赤くなるのかしら、興味深いわね……」
初めの百匹を殲滅したことで第二ステージへと突入。浜辺にはキャントレットというより防御力に優れたMOBが出現した。またしてもカニである。
「でも勝負にはならなさそうだね。カニさんよりもペルのほうがつよいもん!」
圧倒的な戦況に、リズが目を輝かせている。
モンスターが一段階強くなったからといって、そうそう倒れるアンデッドたちでもない。五分後には青色のカニが全て掃討されていた。
「ねえ見てアルト、すっごい大きさのカニだわ!」
続いて第三ステージ、ヤドカリ型の巨大MOBハーミットクラブが出現。どんな攻撃も1ダメージしか通らない厄介な相手だ。倒すにはひたすら殴り続ける必要がある。
「カニじゃなくてヤドカリだ」
「それって……どう違うの?」
「背中に貝を背負ってるし、カニは足が十本、ヤドカリは八本だ」
「つまりカニの方がたくさん食べれるってことね」
「だがヤドカリ類の方が身が詰まっていて、味わい的には劣るものの、量的にはヤドカリ類に軍配が……って何の話をしてるんだ俺は」
雑談に明け暮れているうちに、あれよあれよという間にハーミットクラブのHPが減っていく。しかしさすがはIDの中ボスだ。口から多量の泡を吐くブレス攻撃や、大きな鋏での薙ぎ払いでアンデッドたちと渡り合っている。
それでもネクロマンサーが呼び起こした大軍勢には敵わず――
「ククク、見たか同胞たちよ。これが我の力なのだ!」
悠々と中ボスも突破。俺たちは浜辺の最奥へと到達した。
「やるじゃないペル! まさかこんなにあっさりと攻略しちゃうなんて」
コトハが身を乗り出して言った。
「ペルすごい!」
「文句のつけようもない働きぶりなのだ」
「それほどでもないけど……もっと褒めてもいいのだぞ、うぇへへ」
二人にも褒められて、ペルはまんざらでもない顔をしている。
「でもここからどうするのかな? アンデッドさんたち、消えちゃったみたいだけど」
リズの言う通りペルの〝サモンⅢ〟は効果時間が切れている。中ボスを倒した時点で軍勢は消滅していた。さらにスキルのCTが一時間と、再召喚までに時間が掛かる。
彼女は最後のボスをどのように突破する算段なのだろう。
「ククク、案ずるでないぞ。普段ならここでスキルが上がるまで待つのだが」
って待つのかよ。いつもやけに帰りが遅いわけだ。
「此度はこれで挑戦してみよう。――出でよケルベロス、敵の頭蓋を噛み砕くのだ!」
ペルがスキル〝アーケインサモン〟を発動。フィールドに地獄の番犬が召喚された。
対して波打ち際で待ち受けるのは、海の怪物でおなじみの巨大イカ――クラーケン。
Lv190のモンスターがID最後のボスだ。
「イカって頭蓋とかあるのかしら。先っぽの尖がってる部分?」
「いいや、イカの頭は目と嘴の中間にある。頭っぽいところは胴体だな」
「……アルトってほんとうに物知りよね。博士とかにジョブチェンジしたら?」
「だったらコトハはフードファイターだな」
それほどの嫌味ではないと思うのだが、これでもかというくらい強く手を握り締められてしまった。
あの姫、痛い、痛いです。
「なかなか苦戦しているようなのだ。IDのラスボスが相手となると、一筋縄ではいかないとみえる」
フィイが戦況を分析した。
ケルベロスvsクラーケンという怪獣バトルは確かに後者が優勢のようだ。いくら地獄の番犬といえど、スペックは使役者のステータスが反映される。HP1000万超えのボスを単騎で相手にするのは難しいだろう。
「さてと――観戦はここで終わりだ。みんなであいつを倒しに行こう!」
コトハが二刀を、フィイはロッドを、リズがDEMを展開して迎撃に臨む。
「ぐぬぬ……我はまだやれると言うのに……」
ペルはやや不満気だったが、大切なギルドメンバーをダウンさせるわけにはいかない。ここはギルドメンバー総出でいかせてもらう。
「観念しなさいクラーケン――今日の晩御飯はイカメシよ!」
バーサーカーの突撃によって戦いの幕が切って落とされた。