156
「メルクトリという男は、いい加減な性分ながらも多くの人たちに信頼を寄せられている人物だった」
場所はギルドハウス。俺とコトハ、フィイ、リズ、ペル、エレン、パーシヴァルが丸テーブルの席に着いた折、騎士団長が前置きもなく口火を切った。
「一度目の防衛では自ら最前線に立ち、モンスターたちを迎撃。都市のためならばと誇り高き意志も持っていた。そのような男がなぜ、突然の裏切り行為に及んだのか。王のみならず騎士団内でも混乱は深まるばかりだ」
淡々と語るパーシヴァルの面持ちは暗い。いくら不仲とは言え、彼もメルクトリの謀反については思うところがあったようだ。
「正直俺も驚いてるよ。何となく俺を狙ってるのは分かってたけど理由までは。そもそも都市に来てからあいつと確執があったわけでもないし、悪いことをした覚えも」
「コロシアムを総なめした挙句、オークション広場や釣り場、生産場でも無双したと聞いているが」
「……」
それは悪いことのうちに入るのだろうか。釈然としないながらも、胸を張ってノーと言えない。一部冒険者にとっては悪いことをしてしまっていたのかも。
「冗談だ、そう深刻に考えなくていい」
考え込む俺を見てパーシヴァルがやれやれと嘆息する。
「っておい、こっちは真面目に考えてたんだぞ」
「たかがそれしきのことでここまで大ごとになるわけがないだろう。何か他に、心当たりはないのか。奴が君に拘っている理由など」
「これといって思い当たる節は……だけど……」
確証とまではいかないが、怪しいと思う点はひとつだけ。メルクトリが去り際に言っていたセリフがどうにもきな臭くて仕方ない。
〝ここは俺たちの理想郷でなぁ、悪いが邪魔ものは消し飛ばさんくてはならんのだよ!〟
ここというのは間違いなく、ADRICAのことだ。もしここが現実世界だったとしたらその言い回しはかなり違和感がある。となるとやはりこの電脳世界こそがメルクトリの言う「俺たち」の理想郷ということになるが……。
「ねえアルト、そう言えばこの前メルクトリさんと変なこと話してなかった? ゲームの世界がどうとか」
沈黙しているとコトハが声を上げた。同時にふと違和感の原因に思い至る。
メルクトリはここが電脳世界だと認識しているはず。なのに以前は現実世界だと言い張っていた。明らかに矛盾している。
奴の本音がどちらかは想像に易い。俺を葬ろうとした時に言った――前者だ。ならどうして彼はわざわざ「現実だ」なんて嘘をついたのか。ADRICAの住人に真実を知られたくなかったから?
いや待てよ――そもそも俺とメルクトリ以外に、ここがゲーム世界だと認識できている奴は存在するのか。みんな、まるで現実かのように何の疑問もなく生活しているが。
「ひとつ聞きたいことがある。もしかしたら変な風に思っちゃうかもしれないんだけどさ……みんなはこの世界が現実だと考えているのか?」
やはりと言うか、問いかけてもすぐに答えは返ってこなかった。みんなはどう答えていいものかと、困ったように首を傾げたり唸ったりしていた。――それほど俺の質問は常軌を逸していたんだろう。
「われはそう思っている。ノルナリヤで過ごした記憶も確かであるがゆえ……」
フィイが申し訳なさそうに目を伏せて言うと、
「わたしもよ。生まれ故郷とか両親のことをはっきりと覚えているもの」
コトハもまた同意する。エレン、パーシヴァルは無言のまま頷き、リズとペルが「うんうん」と肯定の相槌を打つ。……やはり俺以外、誰一人としてゲーム世界だとは認識していないようだ。
となるとメルクトリが言っていた「邪魔もの」の定義とは、この世界がおかしいと理解できている者のことか。そして彼女たちの記憶が改竄されていることも確定的。
どうやらこの世界はただのゲームじゃないらしい。だがそう伝えたところで……この反応じゃあな……熱弁すればするほど俺が異常者だと思われるだけだろう。困ったものだ。
「大丈夫ですよ。アルトさんの言いたいことは伝わっていますから。それにここが現実でないという根拠もわずかながらに確認できます」
言いあぐねいていると、エレンが助け舟を出してくれた。
「〝プロフィール情報は捏造不可〟これは冒険者にとって常識です。しかしながら、先日この常識はかの魔人によって覆されてしまいました。まだ私たちが知らないだけで、この世界に潜む嘘や法則があってもおかしくはないということです」
「なるほど確かに」
エレンの言う通り、他にも潜んでいる法則とやらに思い当たる節があった。
「――襲撃してきたモンスターたちは、どれもが近隣地域のMOBたちだ。本気で都市を潰しにかかるのならLv300オーバーの化け物を連れてくるはず。そうしなかったのは、制限があるからじゃないかな。たとえばモンスターの移動は二エリアまでが限界とか」
「それはどうだろうか」
パーシヴァルが否定的に首を振った。
「これまでにモンスターの襲撃は二度あった。だがどちらも狙いは君だと考えられる。目的が都市を滅ぼすことでないのなら、あえて手頃なモンスターを集めたということも考えられるのではないだろうか」
「その話なんですけど、どうして俺に繋がるんですか。モンスターが攻めてきたことと俺との関連性があまり見えないんですけど」
「確信があるわけではない。あくまで推測の域を出ない論だが」
前置きをしてからパーシヴァルは続ける。
「一度目の襲撃は〝モンスターが都市へと攻め入った〟という前例を作り、君を騎士団に勧誘するための口実作り。二度目の襲撃は〝アルトを死地に赴かせる〟ことで直接的に始末すること。どちらにせよ君をこれ以上、進ませまいとさせているような印象を受けた」
「酷い博打ですね。もし二度目の襲撃の際、俺が逃げていたらどうしていたんでしょう」
「逃げないという自信があったんだろう。実際、私も君と知り合って数日の仲に過ぎないがアルトなら来るだろうと思ってしまう。君はまあ、分かりやすいからな」
はたして俺は分かりやすいのだろうか。少々、不服な評価だがギルメン一同、深く頷いているため反論できない。俺からしたら、コトハやフィイたちの方が分かりやすいのに。
「あと気になることと言えばあれよね。あの魔人、剣に杖に弓にって色んな武器を取り出していたけど、普通のジョブじゃそんなことできない。もしかしてメルクトリはアルトと同じ隠しジョブなんじゃない?」
コトハの見立てはおそらく正しい。だからこそ俺は対応を遅らせてしまったんだ。まさか俺以外にもこのジョブを知っている奴がいるなんて。前は俺以外、誰も知らなかったはずなのに。
「私は詳しく理解していないのだが、アルトのジョブは全てのスキルを習得できる、という認識であっているのか」
パーシヴァルの問いに、首肯する。
「レヴァーテインは全てのファイター系列マジシャン系列スキルを習得可能で、ミストルテインは全レンジャー系列スキルを習得可能だ。三次転職目でオペレーター系列のスキルも覚えられるようになる」
「とんだぶっ壊れだな。――性能はともかくとして、隠しジョブということは特殊な条件があるのだろう。それを知っている者が君以外にもいたということか」
「ああ、でも……」
どうしてメルクトリが知っていたのかまでは分からない。そもそも魔人にジョブという概念があったのも謎だ。魔人って要はモンスターサイドなわけだろ。なのに冒険者と同じようにスキルを使ったりできるなんて、本当にチート過ぎる。