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モンスターたちの襲撃によって中止された都市戦は、後日すぐに再開された。何でも半年に一度のお祭りなので止めるわけにはいかないのだとか何とか。
Aグループは残すところ二試合。コトハとカムイの試合は、なんとカムイの棄権によってコトハが決勝に進出。彼もまたレイドボスとの戦いに身を投じた猛者であり、体力的に限界だったようだ。
かくいうコトハは動きこそ良くなったものの……正直過ぎる性格が裏目に出てあっさりと敗退してしまった。やっぱり彼女の攻撃が一番パリィしやすい。
そしてAからDグループ各代表者による最終トーナメントが組まれた。と言っても、強者は軒並みAグループに集中していたので、決戦というには物足りない試合が続き――。
『都市戦優勝者はアルト選手です! おめでとうございます!』
俺は残りの二試合を秒殺。いとも簡単に都市戦を制覇してしまったのであった。
優勝者も決まったことで会場は大盛り上がり。出場選手一同観客も交えてのパーティーが始まった。周りはどこもかしこも飲んだくれ。酒気と熱気に酔いしれて人々はバカ騒ぎする始末。――だけどこんな空気も悪くない。
「あなたは参加しないの。都市戦の優勝者でしょ」
遠巻きからウルクやルドラたちを眺めていると、ふとコトハに尋ねられた。
「遠慮しておくよ。ああいう酒飲みの場は得意じゃない。そもそも俺未成年だし」
「確かに無理やり飲まされかねないものね」
「そう言うコトハはどうなんだ。今回の都市戦で友達も増えたことだろ、挨拶にいかなくてもいいのか」
向こう側にはテーブルの上に並んだスイーツにありついているチビっ娘たち。ペルやリズ、フィイだけでなく彼女の対戦相手ウルカケヒトの姿も見える。ケーキの争奪戦をしているようだ。
「それよりもわたしは……」
言葉を濁らせているコトハは、何か言いたいことがあるような目つきで俺を見ていた。
「いいのわたしもまだ未成年だから」
「挨拶に年齢制限なんてないだろ」
「今日はまだ長いもの、心配しなくてもあとで済ませてくるわ」
ふと左手から温かな感触が伝わる。コトハが俺の手をぎゅっと握り締めていた。
「――きょ、今日は何だか肌寒いわね」
「確かに。そうかもしれない」
相槌を打つと沈黙が流れた。コトハからの返事がない。けれど別段、気まずいとは感じなかった。彼女の考えていることが、何となく分かる気がしたから。
「昨日は本当にありがとうな。お陰で助かったよ」
突然そんなことを切り出したからか、コトハの視線が泳いでいた。
「大したことはしていないわ。それにアルトなら何とかできたんじゃないかしら。あなたはひとりで何でもできちゃうんだろうし……」
彼女は俺を何だと思っているのだろう。俺はただの人間だ、特別な力なんて持ってない。
「もしもあの時、お前が背中を守ってくれなきゃ俺は死んでた。メルクトリの不意打ちだってパーシヴァルさんだけじゃ止め切れたかどうか分からない。だから本当に感謝してる。ありがとうな」
「……うん」
慎ましい微笑みを浮かべてコトハが頷く。彼女は未だに自分が足手まといとなっていないか心配だったんだろう。
だけどそんな心配は無用だ。こと反応速度においては並の冒険者を遥かに凌駕している。彼女がどれだけできる戦士なのかは、もう十分に理解できた。
「――二人はなにを話しているのだ。なんだかいい雰囲気に見えるのだが」
いつもより一段と間延びした声のフィイが、おぼつかない足取りでやってきた。頬がやけに赤く焦点も定まっていない。……何だこれは。
「わー、おにいちゃんがさんにんもいる! どれがほんもののおにいちゃんなのかな」
続けざまに意味不明な言葉を発してきたリズも同じだ。
よく見ると彼女たちが食べていたチョコレートケーキの原材料欄に……お酒という表記が。米印付きで「アルコールに弱い方はご遠慮ください」とも。
酔っ払いのロリっ娘どもの面倒は、いったい誰が見ることになるのか。つまるところの地獄である。
「あのねあのね! リズはね、おにいちゃんのことがだいすきなんだよ?」
「いやまあ……それは分かっているが……」
「わかってない! おにいちゃんはぜんぜんわかってないもん!」
酒の勢いに任せて、リズがここぞとばかりに抱き着いてくる。
同時にミシっと左手から嫌な音が鳴った。隣を見やれば突き刺すような眼差しを向けてくるコトハさん。俺にどうしろと言うんだ。
「わ、われもアルトくんのことは……」
「おい待てフィイ、お前まで抱き着こうとするな。ここから先は十三歳以上じゃないと立ち入り禁止だ。リズをひっぱりだして一緒に離れろ」
「……」
「あぁ!? こいつ無視しやがった!! おいやめ、やめれ、やめろぉぉ!!」
ずいと上目遣いで迫りながら、フィイが俺の腰までガッチリ腕を回している。シスターさまのだいしゅきホールドだ。
バキっとおぞましい音が聞こえたがもう知らないふりをする。きっとここが現実世界だったら俺の左手は粉砕されていることだろう。
「ククク、まさかこんなところで見えるとはな……伝説の七魔道具バルムンクよ!」
「――は?」
いきなりわけのわからないことを言い出したのは厨二少女のペルケドラ。酔ったせいか俺を伝説の剣だと勘違いしているらしい。
「おいペル、俺はアルトだ。勝手にひとさまをジークフリートが手に入れた宝剣だと勘違いするんじゃない」
「しゃ、喋ったのだ! やはりこれは魔道具に違いないのだ!」
「このやろう、馬鹿と厨二病はどちらかひとつにしておけよ! それじゃあただ頭の悪い子じゃねえか!」
「我、いざ世界の邂逅を所望せん!」
「人の話を聞けえええぇぇ!!」
必死の抵抗もやむなく、結局ペルにも引っ付かれてしまった。わちゃわちゃと俺に纏わり付いてくる三ロリども。もう見慣れたいつもの光景である。
そして周囲からの冷ややかな視線もいつものことだ。ふははは、俺はもうこれしきのことでは動揺せんぞ。ロリコンだと蔑みたいものは蔑むがいいさ!
「都市を守った英雄のひとり、アルトがよもやロリコンだったとは嘆かわしいものだな」
「性癖は人それぞれですから。仕方ありませんね」
だが、彼らに言われるのは話が違う。会場には拳法家と騎士団長さまも足を運んでいたようで……エレンは苦笑いを、パーシヴァルは侮蔑の視線を寄こしてきた。
「ひとつ訂正しておきたい。引っ付いてきたのはこいつらからだ。俺はやましいことなんて一切考えちゃいない」
「その割には、途轍もなくゲスな顔つきをしていたが」
「ぐ……」
あくまで堂々としていたつもりだったけど裏目に出てしまったらしい。何よりもう反論することすら面倒くさい。……というより今の現状、反論は望むだけ無駄である。
「どうしてパーシヴァルさんまでここに? もしかして今日は非番ですか」
「いや王より休めと命じられてな、どうにも働きすぎとのことだ。騎士団の長たる者、働きすぎも何もないと思うが――とにかく休暇と言っても私にはやることがない。せっかくこうして集まったことだ、世間話に付き合ってはくれないか」
入り用な風に、パーシヴァルが辺りを見渡して言う。人気の少ない場所を探しているようだ、恐らく話というのは、先日についてのことだろう。
「ちょうどいい場所がある。話ならそこでしよう」
俺たちはエレンとパーシヴァルをギルドハウスへと招き入れた。