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■告知:世界観が分からないとのご意見を受けまして、第一話を大幅追記しました。導入がやや長くなりました。
『グオオォ……オオオオオオオオオオオォォ!!』
起き上がったバフォメットが怒髪冠を衝く。
レイドボスはさらなる変態を遂げている。眼球どもが血涙を流し、背から八枚の紅翼を生やして、毛並みもまた赤黒く変色――
「……っ!?」
何だこれは。バフォメットの形態は四段階目で終わりのはず。あり得ない。これは俺の知らないレイドボスだ。どんな攻撃を仕掛けてくるのか……まったく分からない。
「どうしたアルト、指示が遅れているぞ!」
沈黙していると、パーシヴァルが焦ったように口角泡を飛ばす。
「分からないんだよ」
「……なに?」
「あんな形態のバフォメットは知らない! 何をしてくるか分からないんだ!」
「……なるほど。ではこの後にどう動くべきかを」
みんなで考えよう。あいにく化け物は俺たちにそんな猶予は与えちゃくれない。
監視場に怪物の怒号が轟き渡る。
どうやらあいつはもう変身を終えたらしい。狼狽えている暇もことさらない。ならばここからは己の直感に全てを託そう。迚もかくても乗り切るにはそれしかない。
「もうやるしかないってことよね。いいわ、だったらすぐに終わらせてあげる!」
咄嗟の行動は焦りからきたものか。コトハは悪い空気を振り払うかのように、単騎でバフォメットへと接近した。
「待てコトハ! まずは行動パターンを見るんだ!」
「そんなの待ってられないわ! もし回避不可能なスキルがきたらどうするのよ! あなたもみんなも死んじゃうのよ!」
「それは……だが待ってくれコトハ!」
俺の提言も構わず彼女は一目散に疾走する。そんな彼女に見かねて同じく駆けだすエレンとパーシヴァル。
「クソ、こうなったらもうやるしかない!」
インベントリから武器を持ち替え、長弓でバフォメットの迎撃に臨む。
とにもかくにもあと15%。やらねばやられることは自明の理。俺たちが力尽きるか奴が果てるか決戦の時だ。
「竜巻に雷に氷柱に火球、本当にいい趣味をしてる! こいつを作ったやつは天才だな!」
バフォメットの頭上から次々と降り注いでくる大火球は、絶え間ない。恐らくスキルではなく更に追加されたギミックだろう。落下地点もランダムのようだ。
バッファーによって追加された移動速度上昇効果は脅威の150%増し。それでも回避はまったく余裕がなく、一髪千鈞の状態だ。
「これは――怨恨!?」
予兆もなくレイドボスの周囲に顕現されたのは混濁した魂たち。数は推測、五百ほど。それらは俺たちを屠ろうと一斉に掃射された。触れたらどうなるのかなど、試したくもないことだった。
「……」
怨恨の軌道は分かりやすく、一直線に向かってくるのみだった。警戒していれば特段、恐れるものではないだろう。それでもここにきて彼女がHITしてしまったのは、一直線に飛び出していたからか。
コトハは身動きが取れないバインド状態に陥っていた。
「よせ――やめろ!!」
どうか彼女には攻撃をしないでくれ。そんな祈りも儚く、バフォメットが光の息吹で前方範囲を薙ぎ払う。もちろんコトハのいる場所も攻撃対象に含まれており――少女は抵抗の余地なく灼かれてしまった。
間違いのない即死だろう。目を背けたくなる事実に、だが鈴のように甲高い声は依然として鳴り響く。俺は耳を疑った。
「はあああああああぁぁ!!」
コトハが報復だと言わんばかりに猛り狂う。エンチャントされた二刀から繰り出す斬撃の数々は、海をも割る怒声に負けんばかりの気勢を感じた。
「心配しないで、スキル〝生存本能〟よ」
唖然としているとコトハが一件の種明かしをした。
見やれば彼女のHPは1。一度きりの不死によって彼女は死を免れたというわけか。
「心配するさ。お前が死ぬなんて冗談じゃない。頼むから注意してくれ」
俺が意見するとコトハはムッと口元を結わえる。
「わたしだってそうよ。アルトが死ぬなんて冗談じゃない。だから早くあいつを倒すの。あなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないんだから」
「だとしても……それはダメだ。いいかコトハ、俺たちはソロじゃない。ギルドメンバーであってパーティーメンバーであってそして大切な仲間だ。だからみんなで頑張るんだ。自分だけ頑張ればいいっていう話じゃない。そうだろ?」
「……ええ」
バツが悪そうにコトハは視線を落とす。
「ごめんなさい、わたし少し焦っていたのかも」
「気にするな誰だってミスはあるし焦りもする。――さあ一緒に行こうぜ。あの馬鹿げたモンスターを片付けるんだ!」
「うん!」
彼女と共に戦場を駆ける。二度目の怨恨はもう誰一人として食らわない。続けざまに撃ってきたブレスは確たる攻撃チャンス。これを逃す手はない。
「行け、行け、行け、行け!!」
「我らも続け――騎士団長さまをお守りするんだ!!」
炎の障壁の向こう側から男たちの声が聞こえてくる。退避を促した残り796人の冒険者と騎士団がこの土壇場で返ってきたようだ。
「お前らここは危険だといっただろう! どうして今になって戻ってきた!」
「なぁにふざけたこと言ってやがる! 俺たちぁ命知らずの冒険者よ! 死が怖くて冒険者になぞなっちゃいねぇ!!」
パーシヴァルの怒声に、怒声で応じのはタンクのルドラ。「そうだそうだ」と群衆が声を連ねる。
「みんなで頑張るんだったら、俺たちもみんなのうちだろうが! たった四人でカッコつけてんじゃねえ!」
ベレキールもまた激した声を上げる。直後、空から降り注ぐ弓矢銃弾砲弾魔法スキルの数々は味方によるもの。総勢800人の英雄たちによる再戦が始まった。
『ガアアアァァァァァ!!』
忌まわしいとばかりに怪物が憤怒する。
彼らがフィールドに立ち入ったことで炎壁は再配置された。総員が逃げられないよう、一段階広めに設けられている。
バフォメットの眼球から光線が迸る。
機動力のない後衛職を守らんと、正面に立って受けるのは各パーティーのタンク職。
HPがどれだけ削られようと屹立する山脈が如く堂々と体で受け止める。
「しかしいくらタンクと言えど、この段階での攻撃は流石に――」
言いさしたエレンに、ノルニオッゾがかぶりを振る。
「前衛職を舐めてもらっては困るなあ。第一タンクというもんは攻撃を受けてなんぼのマゾヒストよ! 誇り高き変態の意地を見せつけてやらあ!!」
がなり立てる彼に雄々しい大声で共鳴する戦士たち。
『ヒール! ヒール! ヒール! ヒール!』
彼らを死なせまいと回復魔法を唱え上げるのはプリーストとクレリック陣営。タンクの後ろから火力職がスキルを放てば、バフォメットのHPが瞬く間に減少していく。
宙を切り裂くように走る雷撃インクリーズボルト。闇から出でし黒球イヴェイジョン。大地より火の柱を上げるクランブル。敵の攻撃を反射するリフレクション。
空中へ逃げようとした怪物に、露聊かも逃さないのは〝王の鞘〟こと騎士団長パーシヴァル。憎き羊頭の化け物へと撃攘の一振りが払われる。
「覇道を示せ――アロンダイト!!」
光が唸る。光が奔る。
怒涛の連撃によって窮地に陥ったのはバフォメット。
残すところHPはたったの1000万だ。
『ガアアァ……アアァ……ァァアアアアアアア!!』
化け物がひときわ瞋恚に満ちた声を上げた時だった。
「あれはなに、突然バフォメットが輝きだしたわよ!」
脅威を見て取ったコトハが叫ぶ。
レイドボスは天を向いたまま、何も行動を取ろうとしていない。ギミックもまた炎壁以外は消え去りあたかも終戦したような雰囲気だ。しかし、
「あの光……どこかで見たような……そう言えばこの前のパーティーでコトハくんが似たような光を……」
フィイが言いさしたところで、俺たちはその答えに辿り着く。
〝自爆だ〟
『みんな聞いてくれ! バフォメットは自爆しようとしている! だけどファイアウォールがあるから外には逃げられない! 自爆させる前にあいつを討伐するんだ!!』
すぐさまエリアチャットで共有する。不思議にも混乱は一切生じなかった。
「つくづく舐めた野郎だ、おうともやってやろうぜ!」
「何が自爆だてめぇだけあの世に送ってやる!」
「往生際が悪いですね、一人で死ぬこともできないなんてどこの構ってちゃんですか」
仲間たちは何ら変わりない態度で迎撃に臨む。
900万800万700万……ギミックは消滅し攻撃もしてこないおかげで、削る速度が格段に上がった。文字通りの滅多打ちである。それでも、
『急げ、急ぐんだ!! ヒーラーもバッファーも攻撃に回れ!! 通常攻撃でもいいからみんなでこいつを攻撃するんだ!!』
輝きは着々と増していく。あと何分持ってくれるのかも分からない。冒険者たちの顔にも焦りの色が見え始めた。
「おにいちゃん、これを使って!!」
リズがDEMを展開、とっておきのスキルを使用する。
〝ST-987〟対象のステータスを絶大に上昇させる強化型イージスだ。効果時間は五分。俺の全身に蒼の機械装甲が装着される。
「主よ、我の直を聴き、我の呼ぶを聆き納れ、僞なき口より出づる祷を受け給へ。
我を疾む者の苦を見よ、我爾が救の爲に喜ばん!!」
フィイが高らかと謳い上げた直後、俺の肉体は仄かに耀いだした。
〝セイクリッドアデプティ〟自身の全ステータスを対象に加算させるバフスキルだ。ST-987同じく効果時間は五分と短い。
これこそがバッファーのフィイが知力や魔力など不要なステータスにステ振りしていた真相だろう。全ては俺の火力を底上げするために。
この時点で俺の筋力と魔力は1000オーバー。これだけの接待をされた以上、負けてたまるものか。何が何でもバフォメットを討伐してみせる。
「マズイ、そろそろ爆発するぞ!!」
途轍もない光の塊を見てパーシヴァルが叫ぶ。輝きのあまりレイドボスの姿はもう見えない。いつ爆発してもおかしくない有様だ。
奴のHPはもう少し。残されている時間はあまりにも少なく、撃てるスキルは一発が関の山だろう。持ち得る技の中でも最高係数のものを使うほかない。
頼む――たった十秒だけでいい、十秒間だけもってくれ。
「やあああああああぁぁ!!」
コトハによる二刀乱舞、横一文字が影裂きがバフォメットの総身を斬り刻む。
残り600万。
「……っ!!」
言葉もなく拳法の全てを出し尽くすエレン。右の寸勁が仇敵の頭蓋をかち砕く。
500万。
「いつまでも目障りな! さっさと消えて無くなりなさい!!」
ウルカケヒトが力いっぱいに握り締めたギターを叩き付ける――フォルティシモだ。
あと400万。
「怪物よ、民たちの声が聞こえるか。悲観し慟哭しそれでも都市を愛して離れぬ者が大勢いる。我ら種の繁栄をどうして貴様が穢せるというのか。――藐じ視るのも大概にしてもらおうか、獣!!」
パーシヴァルの激昂に呼応して、今日四度目の光爆が解き放たれる。
残りHPはたったの300万。
しかしここで前衛後衛陣全てのスキルが止まる。CTだ。
「誰か……誰かスキルを撃てる奴はもういねえのか!!」
ウルクが呼びかけても辺りは沈黙するばかり。絶望はやにわに深まっていき、冒険者と騎士団は終焉を悟ったかのように口を紡ぐ。
しめたとほくそ笑むのは羊頭のレイドボス。盛大に唸りを上げていざ自決せんと光の束を放出する。――直後。
「俺の……」
バフォメットの自爆光とは異なる煌めきが現出する。
左目に刻まれた冠の紋章はかつてメイジジョブが頂点を座した時の名残。強力すぎたあまり下方修正を余儀なくされたアークメイジが神髄クラウン。
毒ポによるHP調整によって激震が発動、魔力が1,500に到達する。さらに等価交換によってステータスを魔力へと極振り――総魔力値はこれで約7,500。
天の原より星々が駆ける。怨敵に引導を渡さんと疾強風を巻いて飛来する。
微動だにせず自決に専念するモンスターなど的も同然。召喚地点に過つことなく、ついぞ13の流れ星が駆け落ちた。
「――俺のクリティカル率は100%だああああああぁぁ!!」
たった13に過ぎない多段HITスキルが、俺たちに残された最後の希望。
目標値は300万……届くか届くまいか。皆は声も無くしてただその時を静観する。
『――ッ!?』
シューティングスターの初撃を受けて、狼狽えたのは俺たちではなくその身に受けたレイドボスのバフォメット。
一発30万に近い馬鹿げたダメージ量を見て、怒ることすら忘却しているようだった。
スキルによる総HIT数は言わずもがなの13。単発30万掛けることの13は――
『グォ……ォォ……ォォォオオオオオ!!』
目標値を大きく上回る390万ダメージ。終わり際に声を上げた奴は、そんな馬鹿なとでも言っているようだった。
灰色の空が明ける。炎の障壁も消滅し、怪物は虚空へと姿を消す。
監視場に喝采が鳴り渡った。