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 一時間ほど経った頃だろうか。


 モンスターの数も残り半数といったところでエレンが傍に寄ってきた。この間にも寸勁(すんけい)側踹脚(そくたんきゃく)にと様々な妙技(みょうぎ)を繰り出しているが、器用だという他ない。


「アルトさん、あれが見えますか。どうやらこの戦い、簡単にはいかないようです」


「あれは……嘘だろ、そんなまさか!」


 エレンの指さした先――遥か遠方に見える異質の影。バフォメットと呼ばれる〝レイドボス〟は明らかに他のモンスターとは違う気色を放っていた。


 人と同じ作りの四肢を持ちながら、首から上は不気味にも山羊の頭が。さらに背中には堕天使を思わせる漆黒の翼が生えており、全身は紫色の毛に覆われている。


 背丈は十メートルほど。首筋から太ももまで異常に盛り上がった筋肉からは奴の凶暴性が見て取れる。


 一般的なMOBとはけた違いのHP、スキル、変則的な行動パターンを持つLv225の化け物は、何の冗談か都市へと攻め入る軍勢の最終兵器として用意されていたらしい。


 冒険者たちは目に見えて慄然(りつぜん)としていた。


「お、おい何だよあれ!!」


禍々(まがまが)しいオーラを放ってやがる、明らかにただのモンスターじゃない」


「HPがとんでもねえ桁だ……あんな奴倒せんのかよ……」


 どよめきは時間が経てば広がるばかり。ここは説明しておいた方がいいな。


『あれはバフォメットっていうレイドボスだ! 一般モンスターとは桁違いの強さを持ってる。自信のあるやつは討伐に協力してくれ!』


 早速エリアチャットで全体に呼びかける。


「桁違いに強いって……な、何か策はあるのか! お、俺は死ぬのは御免(ごめん)だぜ!」


 しかし混乱は依然(いぜん)として強いまま。ポイズナーであるベレキールが異論を挟むと「そうだそうだ」と群衆は否定的に声を上げる。


 中には「これ以上付き合えない」という者も。肯定(こうてい)してくれたのは都市を守る騎士団側だけという有様だった。


 彼らとはどうやらここまでのようだ。彼らにも人生がありそれぞれ生きていく道がある。無理に命をかけてもらう必要はない。


『みんなはもう戦いたくないってことでいいんだな』


「あたりめえだろ、あんな化け物が出てくるなんて聞いてねえぞ!!」


『だったら、俺と騎士団でレイドボスの相手をする。他のみんなは後退してくれ。今まで尽力(じんりょく)してくれてありがとう。本当に感謝している』


「……は?」


 騒がしかった一帯が、シンと静まり返る。それは理解不能がゆえの沈黙なのか、安堵(あんど)からきたものなのか、はたまた遠回しの同意を意味しているのか。


 俺からしたらどれでもいいし興味も無い。たとえ彼らが尻尾を巻いて逃げようが、俺のやるべきことは変わらないんだから。


「お前、後退していいたってまだあんなにモンスターが残ってるじゃねえか! それにレイドボスまでいるんだぞ! まとめて相手だなんてそんなこと……で、できるわけねえだろうが!!」


 ベレキールは食って掛かるように声を荒げた。


『できるかできないかじゃない。都市を守るためにはやるしかないんだ。だからあれは俺たちが倒す。心配しなくていい、逃げ出したところで誰も君たちを責めはしない。もう十分、働いてくれたと思う』


「馬鹿野郎、お前は死ぬつもりなのか!? ならいますぐ一緒に逃げりゃあいい! 都市の人たちももう避難はできてるだろうさ!」


『それはできない。都市の存続を懸けて騎士団は戦う意志を見せている。彼らを置いて俺は逃げない』


「いったいなにを……それなら後は騎士団にだけ任せりゃあいいだろうが!! 死んじまったら何もかも終わりなんだぜ!? 俺たち冒険者はここでとんずらこくのが妥当だ! それともお前は死ぬのが怖くねえってのかよ!!」


『怖いさ』


 即答した俺が信じられないのか、ベレキールは声を詰まらせていた。


 ではどうして怖いのに逃げないのか。理由なんて決まっている。それは――


『死ぬのは怖いよ。俺だって死ぬかもしれない戦場になんてわざわざ残りたくはない。だけど俺は自分が死ぬより、誰かが死ぬことの方が何百倍も嫌なんだ。自分が残ることで誰かが死なずに済むかもしれない。その可能性が少しでもあるのなら俺は戦う。

 だってそうだろ? やりもせずに逃げ出して、ひたすら後悔して、たくさん涙を流すのなんて絶対に死ぬより苦しいことに決まってる。悔いのある生き方を選ぶくらいなら、悔いのない死に方を選びたい。たとえそれが失敗に終わったとしても、俺は俺で居続けたい』


 最後に言葉を返して以降、ベレキールからの反論は無かった。


 周りの冒険者たちもまた投げていた野次を止めている。


 だけどその沈黙も長くは続かなかった。


「――わたしも残るわ」


 突如(とつじょ)として藍色髪の少女コトハが声を上げる。


「レイドボスだろうと何だろうと、わたしたちのすることは変わらない。そもそもここには死ぬつもりで来たのよ。いまさらビビッて逃げるなんてダサすぎるわ」


 彼女が寸分(すんぶん)(よど)みもなく言い放つと、


「まったくもってその通りです。強敵が相手だというのなら、(おそ)れもしましょう(うれ)いもしましょう。だけど自分の信念だけは()()げない。〝(おそ)(まと)わる足を折り、誇り昂る拳で立て〟それが武人としての生き様です」


 エレンは(おの)が理念を高らかと(うた)い上げる。


「おにいちゃんがいるなら、ぜったいにまけないしだれも死なないもん。リズはおにいちゃんをしんじてるから!」


(みな)、落ち着きたまえよ。我らはこれまで上手く防衛できていたではないか。確かな指導者がいて、いったい何を恐れているのだ」


 続けざまにリズとフィイが加勢する。


「生意気な野郎だが、腕と知識が一流なのは知っている。いまさら疑うまでもねえ」


「同感だ。ボコられて分かったんだが、あの坊主、なかなかどうして腕の立つ男だ。もっともこの俺さまが逃げ出すなんざあり得ねえがなぁ! ガハハハハ!」


 ハイランダーのノルニオッゾとルドラまでもが賛同してくれたことで、冒険者たちの目の色が変わる。それはまるで悪い夢から()めたかのような、(にご)りのない眼差しだった。


「だあぁもう分かった、分かったよ! つまりお前がいればこれまで通り上手くいくんだな、絶対に俺たちは死なないんだな!? だったら最後まで付き合ってやる。あの化け物を倒して全員英雄になって帰ってきてやるよ!」


 そんな冒険者たちのやる気にあてられて、ベレキールはヤケクソのように怒鳴(どな)り散らした。八百人の中に、否定的な意見を唱えている者はもういない。――再結託の時だ。


『もちろん誰も死なせはしない。みんな俺を信じてくれ、ひとりも犠牲者を出さないままレイドボスを討伐してみせる!』


 俺のエリアチャットに呼応して、冒険者たちは天地をどよもす(とどろ)きを上げる。


 オーガ、エルフ、サラマンダー、ガーゴイル――一般モンスターへの迎撃(げいげき)は、再開後も順調に進んでいる。最後尾のレイドボスが到着するまでもう間もなく。


 はたして俺たちはアレを乗り越えられるのだろうか。命運をかけた戦いが始まろうとしていた。


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