142
「本当に強いですねあなたは」
倒れたエレンが天井を見上げたまま言った。
「それだけ努力してきたからな、とは言えお前だって充分強い。ハッキリ言ってもう二度と相手をしたくないと思ったぞ。どっちが勝ってもおかしくなかった」
「そう言っていただけると嬉しいです。……しかしアルトさんはどうして最後に私の技を読めたのですか。右の寸勁……確かに使い過ぎていた感じは否めませんが、あの大一番でまさか〝パリィ〟をしてくるとは」
「ただの直感だよ。二度見たからっていうのもあるけど、お前ならああいう状況で得意の技を出してくるんじゃないかって。それでただ何となく」
エレンは間の抜けた顔で、ジッと俺を見つめている。
「どうした?」
「いえ……私たちってどこかで会ったことありましたっけ。私もただ何となく……アルトさんには見覚えがあるような、ないような」
「……え?」
思わぬ返事に、つい曖昧な反応をしてしまう。きっと俺は、よほどなまぬけ面を晒していたんだろう。エレンの目尻が垂れ下がっていた。
「これで残すところグループAはあと二戦。都市戦優勝を願っていますよ」
「任せてくれ。ぜったいに成し遂げてみせる」
エレンに向けて手を差し伸べる。彼は微笑みながら手を取った。
観客席からは俺たちの大接戦を祝福するかのように、たえず歓声が鳴り渡っている。
本当にいい戦いだったと思う。さあ後はコトハとカムイだな。はたしてどっちが勝ち上がってくるのやら――。
『モンスターが闘争都市バルドレイヤを襲撃してきました。一帯にはキルゾーンが適用されます。HPが0になった者は消滅しますのでご注意ください。繰り返します』
とその時、無機質な警告文が突如として眼前に表示される。
会場内に大きなどよめきが生じたのもほぼ同時。
封鎖区域で待機していた大量のモンスターたちが遂に動き出したようだった。
「は!? き、キルゾーンなんて聞いてねえぞ!!」
「嘘だろこんなの……きっと誰かの悪ふざけに決まってる」
「今すぐ、今すぐこの都市から離れないと……」
突然のキルゾーンによって狼狽える観衆たち。
我が身可愛さに逃げ出す者、冗談だと薄ら笑いを浮かべる者、やり場のない怒りに喚きだす者。
辺りはかつてない混沌に見舞われ、それは会場外でも同様だった。外から無数の悲鳴が聞こえてくる。
キルゾーンは全てのプレイヤーに通達されるのか。親切なのか冷酷なのか、どちらにせよゲームで死ぬなんて、まったくふざけた仕様だとしか言いようがない。
パーシヴァル:通知は見たな。例によってモンスターたちが都市へと攻め入ってきた。そっちはまだ決闘中だろうか、今朝のように近況を報せて欲しい。
すかさず個人チャットを飛ばしてきたのは北の騎士団長さま。まだチャットを打つ程度には余裕があるらしい。
アルト:ちょうど今終わったところだ。結果は俺の勝利だったけど全てのスキルを使用したよ。かなり接戦だった。もう隠し持っている手はひとつも無い。
パーシヴァル:了解した。詳細は後で話そう、悪いが今はこれ以上チャットしている暇がなくてな。
アルト:待ってくれ、ひとつだけ教えてくれないか。キルゾーンはどうしたら終わる。もしかしてバルドレイヤはずっとこのままなのか。
パーシヴァル:いいやキルゾーンには条件がある。それは〝一帯の敵を殲滅すること〟我ら人間に害のあるモンスターないし魔人なる存在を駆逐すればキルゾーンは終わる。とにかく今は気を付けろ、どこかに君を狙っている者がいるかもしれんのだからな。
それきりパーシヴァルからの返信は無かった。今頃はモンスターの大軍勢を相手に指揮を執っているのだろう。
騎士団の強さは本物だ。以前の襲撃はただのひとりも犠牲者を出すことなく快勝したと言われている。――だけどはたして今回もそうだと言えるだろうか。
もし想定を超える強さのモンスターがいたら。魔人や――フィールドボスを超える〝レイドボス〟級の敵がいたら。きっと悲しみに暮れる者が出てしまう。
ならこんなところで怯えている暇はない。何よりここは俺のよく知った世界だ。絶対に死人なんて出したくない。すぐに騎士団の元へと加勢しないと。