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141(アルトvsエレフェウス)

■告知:くそ真面目な描写は都市戦以降はほとんどしないかなあと予定しております(ご希望でしたら感想にてください!)。雰囲気がやや硬くなり過ぎた感じが合って。都市戦終わった後はまたゆるゆる多めになると思います。


「――何か言っておきたいことはありますか」


 対戦相手のエレフェウスが視線も合わせぬまま、静かに呟く。


 拳法家の男は俺と同じくらいの背丈(せたけ)。顔立ちを見るに恐らく成人はしていないだろう。


 服装は冒険者らしからぬ、白の下衣一丁のみの半裸体。しかし鍛え上げられた肉体といい、(いわお)のように角ばった拳といい、まったく貧弱なようには見えない。


 むしろ厳粛(げんしゅく)な雰囲気を漂わせる彼からは歴戦の冒険者を彷彿(ほうふつ)とさせる。たとえ老練家(ろうけんか)が彼を見ても若いと侮ることはできないだろう。


 それだけの気勢がエレフェウスにはある。


「Lv175職業ミストルテイン冒険者のアルトだ。よろしくなエレフェウス」


 彼と交わす言葉は、たったそれだけでいいと思った。言うべきことはただの自己紹介。後の全ては、俺たちがどれだけの努力を積み重ねてきたかは直ぐに分かる。


「エレンでいいです――互いに死力を尽くしましょう」


 男もまた短い挨拶のみで終えた。


 向き直った彼の面貌(めんぼう)は、(さざなみ)ひとつ立たない水面のように穏やかで、だが凄烈(せいれつ)さの宿るその双眸(そうぼう)には並々ならぬ闘志が(にじ)み出ていた。


 物静かな口調に似合わない闘争本能が、彼の胸中(きょうちゅう)(くすぶ)っている。開始の合図が鳴った途端、きっとエレンは(けだもの)同然に飛び掛かってくるだろう。


 身に積んだ技と五体全てを駆使(くし)して、真っ向から俺を潰しにかかる。


 ――その予兆は、正しかった。


『第六十一試合目、アルトvsエレフェウス、試合開始です!』


 アナウンスが響いた瞬間、拳法家から(ほとばし)るオーラの数々。


〝迅速、鉄鋼、脅威、集中、激励〟いったいいくつものバフスキルを重ね掛けしたか分からない。ひとつだけ分かることは――彼が只者(ただもの)ではないということだった。


「……ッ!」


 俺とエレンの間合いはおおよそ十メートルほど。にも関わらず僅か一拍にも満たない間に距離を詰めたその移動術は〝滑歩(かっぽ)〟によるもの。


 摩擦などまるで感じさせぬ滑らかな動き出し。彼だけ氷上を歩いているのではないかとさえ思えてくる。


 間に合うか?


 咄嗟(とっさ)に〝バーサーカー〟を発動。高めた移動速度をもっていち早く彼から離れなければならない。そうでなければ俺は瞬く間に、ひれ伏されてしまうことだろう。


 左足を前に、右足を後ろに構えるエレン。


弓歩(ゴンブー)〟と呼ばれる武術で有名な型だ。あの動きによって全身から(けい)を生み出し秘儀の数々を発生させる。――論なく受けるわけにはいかない。


「……惜しい」


 空を切った拳にエレンが呟く。


 俺の顔面を掠めたのはスキル〝寸勁(すんけい)〟。筋繊維より生じた螺旋(らせん)運動を手先に乗せて放つ打撃技だ。


 まともに直撃すれば卒倒は不可避。〝バーサーカー〟を習得していなければ間違いなく決着していた。


(おど)かしてくれるなよ、拳法家」


 地を蹴って後退。インベントリから取り出したのは汎用機関銃。本来はガンスリンガー系列が使用可能な武器だ。


 流石の奴と言えどガトリングによる機関掃射(そうしゃ)は躱しきれまい。


「――ッ!?」


 思惑通りに事が運べばどれほど楽ができただろうか。


 飛び交う鉛の波を物ともせずに駆け抜けてくる男は、まさに超人。如何(いか)に係数の低い通常攻撃といえど、まさか正面から受けて立つとは思いもしない。


 瞠目(どうもく)すべきは、奴がこちらの銃撃をほぼDODGE(ドッジ)したということ。


 〝聴勁(ちょうけい)十目(じゅうもく)〟武術を極めた者は空気の流れ、土の響き、気の(よど)み、臭いなど身の回りの僅かな変化も察知できる。未来予知にも等しい感性だ。


 たかだか銃弾程度、躱してのけぬ道理は無い。極めつけは――


「捉えました」


 たった一刹那(いっせつな)の内に接近を成し遂げる、圧巻の歩法術。


 馬鹿げた脚力(きゃくりょく)をもって()せる奴に、飛び道具が通用する見込みは無い。


 (いわお)のような拳が迫る。俺を仕留めんと右に左にと固められた縦拳(たてけん)が大気を割る。


 ただ一度でも(こうむ)れば確たる致命に繋がりかねない。かと言ってこちらができることと言えば回避くらいなもので、とても反撃できるだけの隙もない。まずい、このままでは。


「がっ……」


 腹部から伝わる、莫大(ばくだい)なエネルギー密度。気づいた時には俺は宙を舞っていた。


 あまりの迅速さに対応しきれない。まさか奴自身の体術がここまで()けているとは。


〝バーサーカー〟状態のデバフもあり、俺のHPはたった一発でレッドゲージに。


 予想通り、スキルセット的に俺は奴に敵わないらしい。そもそも武人にタイマンで勝てというのが無茶な話だ。


 だが――こちらとて準備もなしに臨んだわけではない。ここから先は奥の手を使わせてもらう。なにより、ぶん殴られたままでは決まりが悪い。いち男児として至極単純な話だ。


「終わりです」


 戦いの幕を引こうとエレンが駆ける。吹き飛ばされた俺へと右足を伸ばす。


 スキル〝前踹脚(ぜんたんきゃく)〟岩石すら破壊する強烈な蹴り技だ。


「何――」


 だがエレンの捉えたつま先は、俺ではなく背後の岩壁。彼は脱兎(だっと)の勢いで駆け出した俺を見て立ち(すく)んでいた。まるで信じられない物でも見たかのように。


「何をそんなに驚いている。俺はただ走っただけだぞ拳法家」


 空いた隙を見て武器を取り換え。係数の高い二丁のリボルバーによってティファレトのHPを削り取る。


 再び始まった銃撃を気にも留めず、瞬く間に駆け抜けてきたのはエレン。たとえ被弾しようが関係ないとばかりに猛進(もうしん)する。だが、


「これは……」


 進路を一転、彼はこれ以上の被弾を嫌って大きくバックステップ。回避に徹底している。


 エレンは異変を感じ取ったのだろう。俺の二丁掃射――通常攻撃のダメージが高すぎると。これは明らかにただの銃撃ではない。だがしかしスキルによる攻撃でもない。


 ハッと目を見開いたティファレトは、事の真相を見抜いたかのようだった。


「その身に纏う漆黒のオーラは……スキル〝喪失者(そうしつしゃ)〟ですか。これはまた野蛮なものを」


 まさかこれを知っているとは意想外だ。彼はプレイングだけでなく知識量も膨大(ぼうだい)らしい。


「知っての通り、自身に付与された全てのバフ効果を100%UPする超能力上昇スキルだ。〝バーサーカー〟による移動速度上昇効果も倍増している。先の超加速はそういうわけだ」


 僅かに眉根をひそめたエレンは首を横に振った。


「確かに破格の性能ですが〝喪失者〟には大きなデメリットもあります。

 発動中、全ての攻撃スキルが使用不可能……さらに効果時間はたったの五分。効果終了時にはHPが尽きて戦闘不能状態へと陥る……そんな馬鹿げたハンデを背負って勝てるとでも」


「こうでもしなければエレンの動きについていけない。攻撃スキルなんてあってないようなものさ。そして――」


 突如(とつじょ)として、決闘場内に黄金の輝きが現出(げんしゅつ)する。その源流(げんりゅう)は俺の左目から。


 これが全てのスキルポイントを消費して習得したバフスキル〝クラウン〟。


 たとえ通常攻撃だろうが、スキルを上回る火力を叩き出してみせる。


「その瞳に宿る王冠(おうかん)のマークは……アークメイジのみが習得可能なスキル〝クラウン〟。僅かな間クリティカル率を100%にする魔術の神髄(しんずい)。まさかこれさえも」


 俺の習得可能スキルの範疇(はんちゅう)だ。そう言わせる暇もなく再戦は訪れた。


 二丁拳銃が撃鉄(げきてつ)を鳴らす。〝クラウン〟の効果時間はジャスト十秒。悪いがお喋りしている余裕はない。


 ウォークライ、激震、等価交換、バーサーカー、そして確定クリティカルのクラウン。


 これらによって俺の通常攻撃は一発6,000ダメージを上回る。たとえ屈強な肉体を持つティファレトが相手だろうと――HPは溶けてなくなる定め。


 俺が上かエレンが上か、超短期決戦といこう。


乾坤一擲(けんこんいってき)ときたか……」


 初動、エレンは前進。一発でも受ければ致命は確実といった中、それでも風切る弾丸を前に、正面突破を目論む(さま)は自信からきたものなのか否か。その答えは考える間もなく訪れる。


「……っ!」


 右足、右足、左足と三拍子で走る〝禹歩(うほ)〟、腰を重心として四肢を自在に捩じりながら駆ける〝蓋歩(がいほ)〟、さらには両足同時で地を蹴る〝跳歩(ちょうほ)〟。


〝滑歩〟のみならず様々な歩法を駆使する武人相手に、どうして正確な射撃ができようか。


 もはや人間を辞めたとしか思えない動きの数々。四肢は液体も同然にねじ曲がり()せる速度も自由自在。緩慢(かんまん)な動作の直後には疾速(しっそく)することさえある。


 あまつさえ――


「これでも追いつかれるというのか」


 俺とエレンの距離間は開くどころか縮まる一方。


〝喪失者〟によって得た移動速度上昇効果は40%増し。だがまるで奴には敵わない。


 こちらには〝クラウン〟の効果時間もある。このまま無意味な銃撃を繰り返すのは悪手だと分かった。ならばここは――近接攻撃にて渡り合うのみ。


 一髪千鈞(いっぱつせんきん)の大勝負。インベントリからフェンリル二刀を取り出した。



 ――(はや)い。


 風を巻いて疾駆(しっく)する武人の縦拳(たてけん)が、頬のすぐ横を(かす)め過ぎる。またもや右拳による寸勁(すんけい)だ。


 続けて放たれた左足による薙ぎ払い〝側踹脚(そくたんきゃく)〟。威力は轟然(ごうぜん)(うな)る風切り音を聞けば分かる。


 狙いはこちらの雁首(がんくび)。〝喪失者〟がなければ間違いなく刈り取られていた。


 二刀による斬撃はまるで当たらない。いくら振り払おうとも白刃(はくじん)は宙を(ただよ)うばかり。或いはエレンという破格の拳法家を見誤っていたのか。


 先方(せんぽう)が移動速度を高めたというのなら、こちらも迅速さを高めるだけ。青天井に加速し続けるエレンの動態(どうたい)には、そのような意図が汲み取れた。


「これで終わりです、アルトさん」


 俺の腕を手で払いのけ、即座に拳を打ち込んできたその妙技は〝進步搬攔捶(しんぽばんらんすい)〟。


 胸郭(きょうかく)からめきりと嫌な音が鳴り立てる。満身(まんしん)に強烈な浮遊感が訪れたのも直ちのこと。ついぞ打撃を許した俺は岩壁まで吹き飛ばされた。


 ここが現実世界なら、あばら、肺、心臓は(あやま)つことなく肉塊と化していることだろう。エレンもその手ごたえはあったらしい。闘いは決着したものだと断じて両の拳を降ろしている。――僥倖(ぎょうこう)だ。


「――ッ!?」


 ボルトアクション式ライフルが牙を剥く。


 たかが通常攻撃とは言え、隙も溜めも長い単発射撃が与えたダメージは甚大(じんだい)に過ぎる。ただ誤算であったことは――それだけの不意打ちであったにも関わらずティファレトを仕留めるには至らなかったこと。


 奴もまたごく僅かなHPを保っていた。


「〝生存本能〟……一度だけダウン状態を免れるバフスキルですか。それがあなたの本当の奥の手」


 (ひと)()ちるエレンは言い終えるが早いか再び地を滑走(かっそう)していた。今度こそ俺を(ほうむ)る算段なのだろう。


 一度で始末出来なかった以上、二度目は無い。いまさら不毛な威嚇(いかく)射撃をするつもりもなく――俺は直剣を手に取った。


 容態(ようたい)は互いに瀕死。掠りでもすればダウンは必定(ひつじょう)


 後はただ己の直感と身に積んだ技量に(たく)すのみ。最終決戦だ。


「……」


 言葉もなく駆け馳せるエレン。武人だからこそ成せる足(さば)きは超人の域に達している。


 赫然(かくぜん)(きら)めく彼の眼光は、獲物を見定めた捕食者のそれだ。今さら逃げようとも逃げられるとも思わない。


 はたして最後の技は――拳か足か、右からか左からか、はたまた上からか下からか。彼の保有する拳法の数なら幾らでも品を変えることができるだろう。


 だが俺には分かることがあった。どこか懐かしくも感じた必死の攻防。エレンは勝負を決める山場できっとアレを使ってくるだろう。


 そんな理屈も道理(どうり)もない単なる予兆に全てを預けて――俺は左手に盾を持った。


 読みは右手の寸勁。死神の如く迫り来るティファレトを前に


「なっ――」


 今日一番の狙い澄ました〝パリィ〟が炸裂する。


 右拳(うけん)を放ったエレンは硬直した。


 直剣が強敵の身体を刺し貫く。HPゲージは灰色。拳法家は地に伏した。


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