138
ギルメン全員テーブルに着いたところでいよいよパーティーが始まった。
派手にクラッカーを鳴らして俺たちの健闘を祝福するフィイ、リズ、ペル。恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるコトハ。それからはもう昼間のバルドレイヤみたいな賑やかさで、食べて燥いで騒ぎまくった。
テーブルに並んだ料理も半分ほど無くなった頃、ペルがとある提案をする。
「ククク……このポーションを飲んだものは様々な効能を引き起こすという。せっかくの宴、ここは運試しといこうではないか!」
彼女が手に持つそれは、昼間に俺が彼女にせがまれて購入した〝謎ポーション〟。飲むとランダムな効果を発揮する、いわゆる運ゲーポーションというやつだ。発動効果の種類数は数百にものぼる。
よく見るとテーブルにはあちこちに謎ポが置かれていた。ペルが気に入って買い占めてきたのかもしれない。
「ならばここはわれが先陣を切ろう。都市戦で活躍した二人に負けていられぬというものだ。せいぜい見ていたまえよ、きっと素晴らしい効果を引き当ててみせるのだ」
と、まず名乗りを上げたのは金髪シスターさま。フィイは陳列された謎ポの中からひとつを手に取ると、迷いなく一気飲みした。直後、
「……みゃあ?」
ボンっと破裂したような音と煙を上げて、フィイは丸きり姿を変えた。
猫。金色の毛並みの子猫である。
「うみゃっ、みゃあ! みゃああみゃあみ、にゃああああああああぁぁ!!?」
言っている意味はまるで分からないが、たぶん『何なのだこれはー!?』あたりだろう。
謎ポによる効果〝獣化〟だ。
「ねこさんかわいいー!」
リズがひょいとフィイ猫を持ちあげる。
「神の遣いを思わせる毛並みだ、黒猫であれば我が眷属したかったものだが……ククク、これはこれでよい。我が下僕にしてやろう」
ペルがわしゃわしゃとフィイ猫の頭を撫で回す。
「みゃあ、みゃ……うにゃあああああああぁぁ!」
さしあたり『やめ、や……やめろおおおおぉー!!』だろう。だいぶ翻訳ができるようになってきた。俺は前世で猫語を履修していたのかもしれない。
「じゃあこんどはリズの番だね! おにいちゃん見てて、リズすっごいの当てちゃうんだから!」
銀髪少女が謎ポーションをごっくんと飲み切る。その途端、リズの両目にハートマークが浮かんだ。さらには体からピンク色のオーラを放っている。これはまさか。
「おにいちゃん、おにいちゃん! あのねわたし――」
ずいと顔を近づけてくるリズは明らかに正常ではない。そのハートのおめめといいピンクの気色といい、間違いなく状態異常の魅了だ。
チャーム状態にある者は一定時間、その者のことしか考えられなくなる。リズの様子を見るに、どうやらその対象は俺らしい。
「分かった、分かったからひとまず俺から離れようか。身体的距離を守るとお兄さんと約束しただろ!」
顔を近づけてくるリズの両肩を掴んで、俺は必死に防衛する。チャーム状態の今、彼女が何をしようとしているのかくらい流石に分かった。
「そんなやくそくしてないもん!」
「いいやした!」
「ぜったいにぜったいにしてない!」
リズがぐっと俺の腕を掴む。筋力65もあるからけっこうなパワフルさだ。
気を抜いた瞬間、こちらの手を払いのけられかねない。そうなればもう後の祭りよ。
俺はペドマスターだのセクシャルオフェンダーだのにジョブチェンジしたと言われかねない。こんなところでロリっ娘に屈することなどあってはならんのだ!
「いいやした。お前が覚えていなくても俺だけはお前のことを覚えてあああああぁぁ!!」
必死に抵抗していると、フィイ猫が俺の肩に乗って首や顔をペロペロしてきた。
クソ、こいつ絶対にあとで洗ってやる! 猫にとって最悪の仕打ちを小一時間かけて丁寧に尻尾の先まで洗ってやる、覚悟しろ!
「ククク……真打ち登場……」
第三の刺客はわれらがパツキン厨二少女。
もう誰でもいい、この状態を打破できるのなら助けてくれ!
「ダーインスレイヴ」
「――は?」
謎ポを飲み干した後、彼女は俺を見つめてはそんなことを言い出した。
「ダーインスレイヴ……これはかの七つ魔道具のダーインスレイヴではないか!」
「おい待てペル、お前はいったい何を言って……」
彼女の頭に表示されている、水色のぐるぐるマーク。それを見た時、ペルが状態異常の幻覚に陥っているのだと分かった。
よりにもよってこいつら……次から次へと面倒な効果を引きやがって!
「ずっと探し求めていたぞ我が魔道具――ダーインスレイヴよ!」
「ええい引っ付いてくるな! 人さまを勝手に生き血を吸う魔剣に見立ててくるんじゃない! よせ、や、やめ、やめろおおおぉぉ!」
ペルは俺の声などまったく聞こえていないようで背後からひしっと抱き着いてきた。
何なんだこれは俺はピエロになりにパーティーに参加したわけじゃない!
誰か……この局面を打破できる誰か……!
「ふふん、ヒーローは最後に現れるってね。救世主の登場よ!」
俺たちの前に現れたのは、ダメインことコトハさん。
救世主と言いつつその手に謎ポーションを持っているのは何なのか。
「おいコトハ、助けるつもりならソレは飲むな。さっさとこのロリっ娘どもを引き剥がせ」
「何を言っているのよ。引き剥がしたところで状態異常は治らないでしょ? だからこれを使うの。きっとわたしから清いオーラが放たれてみんな元通りになるに違いないわ!」
俺はまーーーーーったくそうは思わない。
むしろ真逆な展開になるんじゃないかと想定している。
「いいから余計な真似はするな、頼むコトハ、俺の尊厳がかかってるんだぞ!」
「ロリコンがどうのって話? 事実なんだからいいじゃない」
こいつは後でバルド湖に埋めて帰ろう。間違いなくそう確信した。
「いいから! ここはわたしに任せなさいよ!」
「待てコトハ頼むから先にフィイたちを――」
俺が口を挟む間もなく、コトハは謎ポーションを一気。
全てが終わったと思ったのだが。
「あれ……何も起きないわね……?」
飲み干した後も彼女から不自然なオーラが生じることもなければ、これといった状態異常も見られない。まさか不発だった? いやそんなはずは……。
「ならここは倍プッシュね! 一個でダメならもう一個よ!」
「どうしてお前はそんな負けギャンブラーみたいなムーブをする!? いいからここは俺を助けるんだ。そうすれば全てが丸く収まる!」
「うみゃっ……みゃ、みゃみゃみゃあああぁぁ!」
俺とコトハが言い争う中、突然、横槍を入れてきたのはフィイ猫。彼女はコトハを見て全身の毛を逆立てていた。
「……コトハ、お前、それ」
俺もその異変にすぐに気が付く。
「なんか……光ってるわね……これって?」
コトハはまるで他人事のように呟く。
彼女を中心として眩いばかりの光がどんどんどんどん明るさを増していっているのだ。
まるで炸裂寸前の爆弾のように。
「状態異常――自爆だ」
「……え? ……いまなんて」
シン、と騒然だったギルドハウス内が鎮まる。
何となーく俺はこんな気がしていたのだ。
エンチャントで最低数値最低オプションを引き当てるコトハなら、この運ゲーポーションで盛大にやらかしてくれるだろうと。
俺たちに祈る時間すら与えられず――カッと光は炸裂する。
『あああああああああああああああああぁぁぁ!!!』
俺たちは都市戦二日目をお姫さまの自爆で締めた。
※効果は翌日には切れてます