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キルゾーンにおいて、HPが尽きた者は世界から消えて無くなる。
そんなことはさも当然とパーシヴァルが言う。しかし俺は初耳だ。ADRICAでそんな鬼――いや非人道的仕様が追加されたなんて一度たりとも聞いた試しがない。
ここはゲームの世界だろ!? HPがゼロになったら消滅するなんて……馬鹿げている。
「それは何かの比喩だったりするのか。たとえばアイテムを全て失うだとか、ステータスや経験値がリセットされるだとか」
「私が言った通りの意味だ。消滅は消滅、せめて言い換えれば死ぬとしか例えようがない。だからわたしはこう言ったのだ。キルゾーンにおいては死人が出ると」
「馬鹿な」
考える暇もなくパーシヴァルの主張を拒絶した。
「何だって死人が出る? そんなはずはないだろ、力尽きてもせいぜいがデスペナルティを受けるだけ。消えるだなんてそんな」
「信じられないのも無理はない、だがいずれ分かることだ。封鎖区域を含め一部エリアにはキルゾーンが設けられている。該当エリアに踏み入れた時、システムから警告が来るのだ。それで真偽のほどは確かめられるだろう」
淡々と語る騎士団長は、とても嘘を言っているようには見えない。
もしこれが本当の話なら大ごとだ。いやだからこそ王は安直に攻め入る指令を出していないのかもしれない。
わざわざキルゾーンに攻め込むよりかは、敵軍が来るまで待っていた方が安全なのだ。そう考えるとカーラの指示にも理解ができる。
「何のリスクも無しに魔王を討伐できるものなら既にされている。だが高難易度のエリアには必ずキルゾーンが適用されていてな、日和る冒険者が大半なのだ。
一定Lvに達した途端、冒険者を辞めて余生を暮らす者も多い。とは言っても死ぬ可能性を突きつけられては無理もなかろう。死を恐れるのは人間の本能、何人も責めることはできはしない」
パーシヴァルがやりきれない、と言いたげに吐息を漏らす。
彼の言う通り、それほどのリスクがあるのなら今は大人しくしていた方がいいだろう。
俺はともかくとして、フィイの顔色が良くない。きっと死ぬリスクを恐れているんだ。
明日は都市戦もあることだし、今日はこの辺で引き返すとしよう――
「だがここで待っていても仕方がないのは事実じゃないか、モンスターに攻め込まれた時、一帯にはキルゾーンが適用される。アルトくんの言う通り、民の安全を第一に思うのならば滅ぼしてしかるべきだと思うがな」
とここで横合いから割り込んできたのは、南の監視場を仕切る騎士団長メルクトリ。
いつの間にか俺たちの会話を聞いていたようだ。
「貴様……そこで何をしている。まさか騎士団長さまが職務放棄とはな。この間に南からモンスターが攻め込んできたらどうするつもりだ。さっさと監視場に戻れ」
凄みを帯びた声音で吐き捨てるのはパーシヴァル。
「いやなに、あんなところで見張っていてもしょうがないだろう。そもそも南部のモンスター共はLv100にも満たないものばかりなのだぞ。そんな雑魚共の駆除など騎士団に任せておけばいい」
「騎士団長とは思えぬ言い分だな。つくづく聞いてあきれる」
パーシヴァルの憎まれ口を、メルクトリはどこ吹く風で笑みを浮かべている。
見たところ彼はメルクトリを嫌ってそうだな……。