109(調査)
「ううううぅ……」と低い声でリズが唸る。
決闘で敗れたことがかなり悔しいようだ。涙目になってコトハをねめつけている。
「よしよし、リズも頑張ったな」
すがりつく彼女の頭を撫で回す。
「ねえ……わたしもがんばったんだけど」
するとコトハが不満そうに口を挟んできた。
「いやだってお前は勝った側だろ。慰める必要なんて元より無いように思うが」
「……」
なぜか不機嫌そうだと一目見て分かったので、コトハの頭もよしよしする。これで彼女の機嫌が好転するのだと思えば安いものだ。
「わたし、おねえちゃんに勝てるとおもったのに」
「それはコトハを舐めすぎだぞ。こいつはこれまでかなり努力をしてきたんだ。若干、インチキじみた反射神経を持っていることは否めないけど……それでも立派な冒険者だ」
「そっか……おねえちゃんたくさんがんばってきたんだね。それじゃあリズももっとがんばる! いつかおねえちゃんより強くなるもん!」
「おう頑張れ、その意気だ!」
「期待してるわよリズ」
やる気に満ちたリズに、俺とコトハが微笑みかける。コトハって案外、年下の子に対しては配慮できるんだな。リズを快く受け入れてくれたみたいで良かった。
「さて、それじゃあ都市戦までこの調子で特訓といきたいところだけど――」
ピコン、と鳴った通知音に目を向ける。
誰かが俺にチャットを送って来たようだ。そしてその送り主はまさかの都市の王さまカーラバルド。
〝アルトくんいま空いているかね? もしよければ話し相手になって欲しいのだが〟
と何やら入り用な雰囲気を匂わせている。これは断るわけにはいかないな。
「悪いコトハ、ちょっと急用ができた。対人の練習をリズとして欲しいんだけどいいか?」
「アルトが急用って言ったらよっぽどのことよね? いいわ、リズもまだまだやりたりないようだし、任せて」
「助かる」
本当は付きっきりで面倒を見てあげたいけど、こればっかりはどうしようもない。
すぐさまギルドハウス内のポータルに乗り、行き先を指定する。
闘争都市バルドレイヤ 王城前 に転送しますか? 《Yes/No》
迷わずYesを選択。……面倒な話じゃないといいけど。
◇
王直属の騎士団、その団長を務める彼メルクトリに連れられて貴賓室へと至る。
カーラの表情は至って朗らか。とても剣呑な空気は漂っていない。辺りの騎士たちもまた殺気立った様子はないな。今日、俺を呼び出したのは都市戦を見据えた談話だろうか?
「よくぞ来てくれた、わざわざ呼び出してしまってすまないね」
俺が席に着いたところでカーラが切り出した。長テーブルの対面には彼が座している。
「いえポータルで直ぐですから。――それで話というのは?」
「そう大したことではない。以前打診した話の続きをしようと思ってね」
「以前というと……」
「君たちに騎士団への入隊を推薦した件だ。聞いたところによると、あれからも君たちは新米冒険者とは思えぬ活躍を果たしているようだね。
それだけ立派な働きを耳にして、黙っていられようはずもない。凶悪なモンスターがいつまた都市を襲撃してくるか分からないのだ。戦力は増強しておくに越したことはない。どうかねアルトくん、魔王の討伐などやめて君たちも〝王の剣〟へと――」
「せっかくのお誘いですが、丁重にお断りいたします」
拒絶の意志を告げた瞬間、カチャ、と騎士たちの鎧の擦れる音が鳴った。
心なしか部屋の空気が重々しくなったように感じられる。これはいよいよ不敬罪か?
「そう先走らないでくれたまえよアルトくん。まだ条件の提示も何もしていないではないか。先日は入隊の祝い金に100mと告げたが、今度は10G――100億ルクスだ。
騎士団に入れば一生安泰に暮らせるだろう。好きな装備もある程度は買い揃えられるはずだ。冒険者の君にとっては、まさに夢のような条件だと思えるのだがね」
「10G……それも騎士団に入隊するだけで!?」
カーラがこくりと頷く。その証拠と言わんばかりに、10Gと表示された小袋を長テーブルに置いている。嘘ではないようだ、しかしこれはあまりに虫のいい話ではないだろうか。
確かに俺は新人にしては良い働きをしているだろう。だが、10Gという都市のどれだけの財源に当たるのかは知らないが、決して少なくない割合であろう額の金銭を受け取るだけの価値に俺は見合うのだろうか。
あまつさえ、それだけの報酬をたかだかいち冒険者のヘッドハンティングに浪費するというのは……モンスターの襲撃に備えるための現実的な対策とは思えない。
その金で騎士団の装備を買い替えるなり高等教育でも施すなりした方が、よほど戦力強化につながるのではないだろうか。
どうもこの話……匂い立つな。