歩き出す
眩しい…もう朝?…もうちょっと寝かせて…今日何曜日だっけ?あ、平日…今何時だ…外こんな明るいって…遅刻!?
一郎は飛び起きて、辺りを見回した。腰が痛い。自宅の布団じゃない。ベンチ…?そうだ、昨夜は終電で寝過ごしたんだった。てことは、ここは駅だよな?
駅のホームのベンチで寝込んでいたらしい。
しかし、駅の様子は、線路にもホームのコンクリートの裂目にも、至るところに草が茂っている。
駅名の表示板は煤けて傾き、飲料の自動販売機は商品のサンプルを入れる部分のプラスチック部分が割れてしまっている。
どう見ても今使われている様子ではない。
目が覚める前、猫が出てくる変な夢を見てた気がするんだけどな…
上着のポケットからスマホを取り出してみる。ホームボタンを押すが画面は真っ暗だ。
「電池切れか…今何時なのかな…」
一郎は腕時計をしていない。駅のホームの時計は止まっているし、駅の外も林が広がるばかりで時間が分かるようなものは見当たらない。
「会社…どうせ慌てて行ったって遅刻だし、もうサボるか。」
スマホが死んだ状態では、ここがどこなのかも、どうやって会社まで行けばいいのかも分からない。昼過ぎに会社に着いたところで、上司に死ぬほど罵倒されることは目に見えている。それなら行かない方がいい。
「今まではどうしてこんな無理して会社に行かなきゃって思ってたんだろうな…」
会社に行かなくていいと思ったら、途端に体が軽くなった。ボロボロのベンチの上でのびをして、ついでに大あくびをする。
「腹減った~。食い物屋でも探すか~。」
ベンチから立ち上がると、足元に何か気配を感じた。
「ん…?」
見下ろすと、小さくてもふもふしたものと目が合った。
茶トラの子猫が青い瞳で一郎を見上げている。
『私の子孫をよろしく頼みます。』
優しい声でそう言われた気がした。
「おまえ家族はいないのか?俺と一緒に来るか?」
一郎はしゃがみこんで、子猫に問いかける。
「みゃー。」
子猫は鳴きながら、一郎の足に体を擦り付けてくる。
「よし、行こう。まずは何か食べて、おまえに必要な物を揃えないとな。」
一郎は子猫を抱き上げると、線路に降り立った。
「電車が走ってたんだから、これを辿っていけばどこか街に出るよな。」
そうして一郎は線路を歩き出す。
百猫夜行とは逆、生者の世界へ向かって…