百猫夜行の終わり
「百猫夜行?」
「満月の晩、猫と縁の深い人が亡くなると、その猫が亡くなった人の子を迎えに行くのだ。
この列の先頭にいた白猫は、一緒にいた女の子に拾われ、幸せに暮らした。」
「あの子、小学1年生で死んじゃったのか…」
「いや、享年は75歳だが。」
「え、ランドセル背負ってるのに!?」
「亡くなれば年齢は関係ない。猫と人の子が一番幸せに過ごしていた時の姿になっている。」
「そうなんだ…」
「あれ、でもあの世に行く時って三途の川渡ったりとか、お花畑があったりするんじゃなかったっけ?」
「人の子が『あの世』と呼ぶ世界への入口には色々あるようだ。私はこの黄泉比良坂の門を任されているだけなので、他がどのようになっているかは知らないがな。」
「大猫さんはお迎えには行かないんですか?」
「私自身が死んだのはもう100年以上前。今生きている人の子に私を知る者はもういない。」
にぎやかな隊列も終わりが見えてきた。
笛や太鼓を演奏する三毛猫達が、大猫と一郎の前を通りすぎていく。注連縄か張られた門の向こうの山道に提灯の列が長く続いていた。
「俺、猫に縁なんかあったっけ…?」
大猫の説明で、今いる場所があの世への入口で、そこを通るのが猫と縁のある亡くなった人達だということは分かった。
線路に飛び込んだ記憶がある以上、自分が死んだ、又は死にかけていることは確かだろう。しかし、一郎は猫を飼ったことはないし、捨て猫を保護したこともない。
なぜ自分は黄泉比良坂にいるのだろう?
「そなたは死人としてここへ来たわけではないぞ。」
「え?」
「ここに死人として来る人の子は、先ほどのように百猫夜行の隊列に加わって来る。一人ではここに来ることはできない。」
「じゃあ、何で…?」
大猫は満月を見上げた。
「ごく稀に人の子が駅として使っているこの場所から、こちらに来てしまうことがある。私が見る限り、その人の子らはまだ死ぬ時ではないようだ。」
「死ぬ時ではない?」
「恐らく朝が来れば、元の世に戻っているであろう。」
大猫はホームから線路にふわりと飛び降りた。
「命を大事にな。」
そうして、大猫は注連縄の張られた門に向かって歩き出した。
「私の子孫をよろしく頼みます。」
大猫の背を見送りながら、一郎の意識はふっと遠ざかっていった。