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第7話

 なにもない地下のだだっ広い空間。そこでキャロと向き合う。

 自分が荒々しく吸ったり吐いたりする音以外はなにも耳に入らないほど集中できている。


 離れた位置に立つキャロは涼しい顔。しかし俺にもまだ余裕はある。


 視界の隅で、いくつかのモニターを前にしたシルヴィアがお茶を片手にこの試合を眺めているのがわかる。それ以外の軍人達はハラハラした様子で戦いを見ている。


「余所見してていいの?」

「悪いな」


 対戦相手から注意されてしまった。自分で思っているほど集中はしていなかったようだ。


 大きく深呼吸をする。


「でも、最初の頃に比べたら見違えたね。最初は僕が一方的に殴ってるだけだったのに……」

「そりゃあな……」


 余裕なキャロは気軽に声をかけてくるが、そんな中にどうにかして隙を見出せないかと構えている俺は曖昧に返事するのがやっとだった。


 キャロとの距離は五十メートル程度はあろうか。

 俺にとっては瞬時に詰めることのできない距離であり、キャロにとっては一番戦いやすい距離である。

 互いにそれがわかっているからこそ俺は近づこうとし、キャロは近づかれまいとする。


 両手にはこれまでの――こちらの世界での――一ヶ月間、散々腕にはめて体の一部のようになっているガントレットがある。そしてキャロの手には短めの杖が握られていた。

 歩行を補助するための杖ではない。その証拠に杖の先には黄色い宝珠が埋め込まれ、その反対の先は細く尖っていた。


 その杖の先の宝珠がきらめいた。

 同時に駆け出す。


 空中に浮かび上がった無数の魔法陣。それが消えると、いくつもの巨大な岩石が俺を押し潰さんと飛んで来る。しかしそれらをすべて紙一重で躱す。


 キャロの放った魔法は俺に傷一つ負わせることはできなかった。その代わり、岩石を避けている間にキャロは後ろに下がって距離を広げている。

 始まってからずっとそれを繰り返しながら一辺が百メートル近くもある広い実験場を縦横無尽に駆け回っていた。


「ああ! お前さっきからそればっかじゃねぇか!」


 何度も何度も――今日に限らす――繰り返された攻防。

 呆れるほどに苦杯を舐めさせられたが、それを打開する術は未だに思いつかない。


 床に大きな穴を開けた岩石は魔力の塵となって消え、埃が晴れる。そして先ほどよりも開いた距離を見れば、ついに耐えかねて筋違いとわかっていても叫んでしまう。

 しかしキャロはどこ吹く風と笑うだけだった。


「悔しかったら僕の顔に一発でも入れたらいいよ! それができるならね!」


 こちらの世界に来てからすっかりガントレットを使いこなし、シルヴィアが満足するデータを取り終えて今日がその実験の最終日であった。

 キャロもその間、幾度となく顔を出したお陰ですっかり友人関係となっていた。

 こうしてキャロに弄ばれるのも何度あったことか。


「いつまでも笑ってられると思うなよ!」

「あっははは! それも何回聞いたかな」


 気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をする。


 こちらの世界には元の世界にはない魔法という物がある。それのお陰で今もキャロに困らされているのだが、俺もこの一ヶ月で魔法を身につけていた。

 身体強化の魔法。読んで字の如く、身体能力を強化する魔法である。


 これまでも発動していたがまだ足りない。キャロを出し抜くためにはもっと強化する必要があった。

 幸い、キャロと俺は互いに殺し合おうとしているわけではない。キャロも俺の実力を測るかのように、こちらから手を出すまで待っていてくれる。お陰で準備する時間はいくらでもあった。


 自分の体の魔力の操り方はすでに習得している。

 体の中を流れる魔力の流れをイメージし、それをそのままガントレットへと流し込む。そしてガントレットがその力を発揮し、俺から受け取った魔力を何倍にも増幅して俺の体へと返してくれる。

 シルヴィアから泣いて同情されるほどの魔力量しかなかった俺でも、このガントレットのお陰で人並みに魔法が発動できるようになっていた。


 今日が最後だ。どんな結果になっても後悔しないように全力を尽くさなければ。


「覚悟しろよ!」


 雰囲気が変わったのに気づいたのか、キャロもおどけるような表情を改めた。


 魔力を練った証に、その手の杖の宝珠が再び輝く。

 踏み出す。

 その瞬間、目の前に土の壁が現れた。


「おっとと」


 勢い余ってたたらを踏んだがすぐに拳を引き、渾身のパンチでその壁を打ち崩す。

 しかしその先にキャロの姿はない。


「後ろだよ、後ろ」


 振り返ると同時に、その足下に魔法陣が輝く。


 咄嗟に顔をかばったが、俺を襲ったのはガードをすり抜けた顎への強い衝撃と、それに続いて訪れる浮遊感だった。

 クラクラする頭を無理矢理押さえて足下に目をやると、俺を突き上げるように土の塔が出来上がっていた。しかしそれは足を着ける直前に消え、そのまま俺は地面へと真っ逆さま。


「まだまだ甘いよユウキ!」


 身体強化を発動していれば、余程の高さから落ちない限り怪我もしない。それがわかっているキャロ。俺が怪我をする可能性は頭にない。そして自身の方が強いと確信しているキャロはこちらをおちょくることで頭がいっぱい、というわけでもないだろうが、そこに付け入る隙がある。


 身体強化の魔法を発動するために魔力を練る。

 上手く足から着地し、その流れでクラウチングスタートのような姿勢になる。そして一瞬の間もなくキャロへ向けて踏み出した。


「甘いのはお前の方じゃないのか?」


 これまでで一番のスピードが出ていると自覚する。

 俺の動きに気づいたキャロが武器を構える頃には、彼我の距離は半分程度まで縮まっていた。そしてキャロが対処を決めかねている内に目前まで迫る。

 勢いそのままに、先ほど土壁を打ち壊したパンチを繰り出す。ガントレットと身体強化がある分、破壊力は倍増されている。身体強化を使えるのはキャロも同じ。つい最近使えるようになった俺の本気を食らっても大丈夫だろう。手加減はなしだ。


 しかしおよそ避けられるとも思えないそのパンチをキャロは体を沈めて躱す。元々の身長差の分、簡単に避けられた。

 キャロの動きがスローモーションのように映る。


 しゃがみ込むような姿勢のまま両手を引く。杖を手放して空になった両手を掌底のようにして放った。

 キャロの手が触れる優しい感触。一拍遅れて体内を衝撃が走り、背中から抜けていく。そして俺の体は再び宙を舞った。


「ぐっ……んなぁ!」


 飛びかけていた意識を無理矢理取り戻す。


 地面を転がるようにして着地する。不格好だったが、それでも無事に受け身を取って立ち上がる。しかし前を向いた時にはすでにキャロが眼前へ迫っていた。


 口元の血を拭う間も惜しく、体勢を整える暇はない。


 タックルをするように飛び出したその顎をキャロの足が蹴り上げる。

 ネズミの獣人――ラッタ種であるキャロは小柄で、身長は元よりその手足も俺や他の獣人種と比べて短い。その分蹴りの威力も下がるのだが、それでも絶大な威力を持っていた。


 ぐしゃりという音と共にに体が三度宙に浮く。

 今度は足が軽く地面から離れた程度だったが、続けざまにキャロが杖を振り抜いたことで実験場の壁に打ち付けられる。


 これまで何度も喧嘩を繰り返して来たが、これほどのダメージを食らったことはない。しかしこの一ヶ月間、何度も何度も殴られ蹴られ、岩に押し潰されたのでダメージには慣れている。


 意識を手放しそうになるが、手をついて立ち上がる。


 常人であれば――常人でなくともここまでされて意識を保ち、心が折られないはずがない。

 これに勝ったからと言ってなにがあるわけでもないのだが、いいようにやられて終わりたくはない。我ながら負けず嫌いが過ぎる自覚はある。


「おあえ……えあえんっえおおを……」


 顎が砕かれ、満足に言葉も紡ぐことができない。喋る度に顎が痛む。

 しかしその言わんとしているところはキャロにもちゃんと伝わっていた。


「そんなこと言ったって、手加減したら怒るくせに。久しぶりにヒヤッとするよ」


 そう返してキャロは杖を構える。杖の先の宝珠は光を放ち、いつでも魔法を発動できるように準備されていた。


 キャロの言葉を受けて思わず笑ってしまう。


 気分が高揚している今は痛みを感じていないが、すぐにでも治療をしなければ危険な家がであろう。だからといって手加減するようなキャロでもなければ、それを求める俺でもない。

 この一ヶ月間、二人が戦う場面を何度も見てきたシルヴィアは、未だに本気で戦う俺達二人の思考は理解できないと話していた。

 しかし水を差すようなことはせず、今までになくボロボロになった俺を見ても試合を止めない。まだ止められるほど危険な状態ではないということ。


 後でお礼を言わねばならない。


 キャロの杖が輝き、後ろの壁に魔法陣が浮かぶ。背中に目は付いていないが、それに気づけたのは勘か、それとも無意識に魔力の流れを読んだからか。

 どちらにせよジャンプしてその魔法陣に足を着ける。次の瞬間、壁から岩塊が生み出され、その勢いを借りた俺は一直線にキャロの下へ飛んで行く。


「嘘でしょ……!?」


 本来であれば不意に背中にかかる衝撃に突き飛ばされ、そこをキャロが沈めるつもりであったのであろう。

 しかしキャロの考えを逆手に取り、自分一人では出せないスピードで迫る。


 咄嗟にガードするように杖を前に出したキャロだったが、それをすり抜けた俺の拳がキャロの顔面を捉えた。

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