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第2話

「てめぇ……ぶつかって来といてなに睨んでんだ? あぁ?」

「いやホント……こちらの不注意ですいません。あと、目つきについては生まれつきなもんで勘弁していただけると……」

「あぁん!?」


 数年前のアメリカ旅行で迷った末に現地人に絡まれた。そんな思い出をここまで忠実に再現しなくともいいだろうに。


 互いに気をつけていればぶつからなかったわけで、不注意はあちらも同じ。それでもこちらもまた不注意ではあったので謝るのはやぶさかではない。謝って、喧嘩しないで済むのならいくらでも頭を下げよう。

 問題は、この二人の場合、謝っても許してくれなさそうだ、ということである。

 因縁を付けたくて絡んだ。そんな風情である。


「それは謝る態度じゃねぇよな!」

「そうだそうだ! 謝るんだったらもっと、あるだろ?」


 獣人に肩を小突かれる。

 それほど力は込めていなかっただろうが、体格差のせいで二歩ほどよろめくことになった。


 そんな俺の姿を見て獣人じゃない方の男が笑っている。情けない姿である自覚はあるのだが、こんなチンピラに一々目くじらを立てていてはキリがない。


「すいません。勘弁してください」

「だったら態度ってもんがあるだろうが!」


 二人揃ってニヤニヤと笑っている。完全にこちらを馬鹿にしていた。

 異世界でも謝る時は土下座なのかな、だとか、なんだやっぱり日本語通じてるじゃん、だとか。そんなことを考えながらも俺の思考を支配していたのは、二回も謝ったからもういいよな、であった。


 不良に絡まれることの多かった俺はかつて、すべての喧嘩を買っていた。しかしそれではキリがない。喧嘩に勝てばそれが噂となって別の不良を呼んだりして、いつまでもいつまでも終わらない喧嘩であった。

 親にも心配をかけ反省した俺は、喧嘩をするかしないかのラインを設けた。


 それは、二回までは謝ること。


 それまでに許してくれるなら喧嘩にならずに済むし、それでも許さない奴は完全にカモを探しているのだ。喧嘩にしろカツアゲにしろ、大人しくカモに甘んじる俺ではない。

 お陰様で喧嘩の量はガクンと減り、殴られることも減ったので日々は楽になった。「少し目つきも優しくなったか?」とは友人の談。

 閑話休題。


 相手は二人ともガタイがいい。しかしそんな相手とは何度もやり合ってきた。

 獣人の身体能力がどれほどかわからないが、獣人を素手で倒したとなれば箔がつく、なんて考えている辺り、俺は十分、不良に毒されていた。

 そんな自分に少し笑ってしまう。


「ほら、さっさと地面に這いつくばって――」


 先手必勝。

 獣人が喋っている途中で、その顎にアッパーを繰り出す。

 完全に油断していたであろう獣人の顎がガチンと鳴るのを、手の平越しに感じる。


「へめぇ!」


 口を押さえている。

 歯と歯が力強く打ち合わされたらそりゃ痛いだろう。昔一度だけやられたからよく知っている。

 それでも動けるのは大したものだが、よろめいた隙に俺は距離を詰めている。大して助走はつけていないがそれで十分。ドロップキックで獣人を吹っ飛ばした。僅かに宙へ浮いた獣人は派手に地面を転がる。


 スカッとして、そんな自分を戒める。こんなんだから目つきも悪くなるのだ。


「おい! 大丈夫か!」


 もう一人の男が駆け寄る。

 獣人はまだ意識が残っているようで、手を借りてなんとか立ち上がる。


「お前、もう許さねぇからな……!」

「最初からそんな気ないだろ」


 流石に獣人の方は覇気がなくなっている。今にも噛みつきそうな雰囲気がなくなったのは幸いだが、まだやる気はあるようだ。

 しかし問題はもう一人の男。完全にやる気満々で、こちらに顔を向けて、ファイティングポーズを取っている。本気になったのだ。


 仲間のためにこれだけ怒れるとは、ずいぶんと優しい性格のようだ。それなら変に誰かに絡むことも止めて欲しいのだが。


 この時の俺は完全に相手を侮っていた。最初に絡まれた獣人の方を一気に倒し、勢いづいていたのだからそれは仕方ないと言える。しかしここはこれまで喧嘩していた世界とは違い、俺の想像していた通りに魔法のある世界だ。


 ちょっと気を抜いた瞬間に男が消えた。正確には消えたと錯覚するほどの速さで動いたのだが、辛うじてそれがわかるだけでは消えたのと変わらない。

 一瞬で俺の横に現れ、顔面を殴られて今度は俺が地面を転がる。

 見た目から力強いのはわかっていたが、それ以上のパワーである。


「ハァ! 思い知ったかよ!」


 追撃が来なかったのは幸いだ。

 口の中を切ったのか、血の味とジャリジャリとした砂の感触がある。どちらも吐き出す。


「このタイミングで魔法かよ……。魔法だよな? 魔法に決まってる」


 姿が消えるほどのスピードで動き、ハンマーで殴られたかのような力。そうとしか考えられない。

 想像していた魔法は炎を操ったり精霊を召喚したり。そういう派手でわかりやすい、これぞ魔法と言えるような物だ。

 動きが速くなったり力が増したりなんて地味な魔法は想像もしていなかった。


 しかしその恐ろしさはこの一撃で身に染みた。

 たった一発のパンチを受けただけなのに、ずっと戦っていたかのように体が悲鳴を上げていた。殴られた頬に関してはジンジンと焼けるように痛んだ。


「でもまだ耐えられる……! 来いよチンピラ!」


 あえて挑発するように叫ぶ。自分を鼓舞する意味合いもあった。

 こいつらが短気なのはすぐにわかった。この二人に限らず、チンピラなんて生き物は短気ですぐ頭に血が昇るのが当たり前だ。案の定、顔を真っ赤にしてこちらへ殴りかかろうとしたのが見えた。


 再び男の姿が消える。

 目を見張る間もないほどに速い動きだ。しかし動き出しのタイミングは見えていて、猛る男がどんな攻撃をするのかは容易に想像ができる。

 消えたのを見た瞬間に屈む。半ば勘であったが外れなかったようだ。

 頭の上を男の腕が掠めるのを感じ取り、その屈んだ姿勢のまま押し倒すようにタックルをすれば簡単に男を地面に倒すことができた。

 しかもこちらがマウントを取っている。


「これで終わりだな!」

「ひっ……!」


 一瞬の間に形勢逆転だ。男もそれを悟って情けない声を上げる。

 どれだけ速く動けようとこうなってしまえば形無しだ。


 いたぶる趣味はない。一発で気絶でもさせてやろう、と拳を握った俺の体に衝撃が走った。


 驚いたとかそういう言葉の表現でなく、文字通り、全身を撃ち抜かれるような痛みがあったのだ。

 全身が痺れ、体を思うように動かせない。鼻をつくのはなにか焦げたような不快な臭いだ。

 三人目のチンピラが潜んでいたのでもなければ獣人がなにかしたに違いない。


 視線だけを向けて見ると、獣人が手の平をこちらに向けていた。


「おいおい……まさか……」


 答えるように、獣人の手の平の中で電撃が弾けた。そして次の瞬間、雷が放たれて俺の体を襲う。

 二度目の衝撃。


 静電気なんて目ではない、その何倍もの痛みが全身を襲う。先ほどの衝撃とまったく同じだった。

 憧れの魔法。求めてはいた。求めてはいたのだがそれはこういう形ではない。


 いっそのこと意識を失えたら楽だったのかもしれないがなまじ痛みに慣れている体ではそれも叶わない。ただ朦朧とする意識の中、力なく地面に倒れただけだった。


「くそ、手こずらせやがって……」


 俺の体の下から男が這い出てくる。タックルを受けただけで実質的なダメージはほとんどないのだ。足だけで簡単に俺を仰向けに転がす。

 獣人の方も、歩く分には問題ないようで、顎の辺りをさすりながら歩み寄って来るのが視界の隅で見えた。そしてすぐ近くまで来ると、一発蹴りつける。


「調子乗るなよガキが!」

「睨みつけといてこの程度かオラ!」


 悪態を吐きながら何度も蹴ってくる。


 俺は体を丸めながら、嵐のような蹴りが去っていくのをただただ耐え忍んでいた。不良の喧嘩でも負けた時はいつもこうなった。自分が敗北者であると教えてくれる惨めな時間だ。

 こういう時は無心になる。己の無力さに打ちひしがれないよう、無心になってなにも考えないのだ。


「はいはい、それ以上は死んじゃうかもしれないからストップ!」


 妙に通る声が男達の動きを止めた。

 男の声だとはわかったが、どうにも子供っぽい。


「なんだてめぇ!」

「お前も一緒にボコボコにされたいのか?」


 男達のガラの悪さはお墨付きだった。しかも俺に勝ったばかりで威勢もよい。

 しかし割って入った声も一歩も引かなかった。


「はいコレ。あんまり聞き分けが悪いと僕も捕まえなきゃならなくなるんだけど」


 男達の喉が詰まるのがわかった。


「……どうする?」


 中々立ち去ろうとしない男達に向かって、声の主は再度問いかける。

 さっきとは一転して凄みのある声音に、二人も観念したようだ。


「次は容赦しないからな!」


 最後に悪態とつばを吐いて男達は去って行った。


 もう少しだけ待ち、完全に男達が去ったと確信できてようやく、顔を上げることができた。


「ありがとう。お陰で助かったよ……つぅ」


 蹴られた所は痛むが、喋れないほどではない。電撃も耐えてしまえば多少の痺れが残っているだけだった。蹴られた脇はあざになっているかもしれない。つい触ってしまって痛みに顔を顰める。

 少しだけボウッとするが、これもちょっと待てば治るだろう。


 負けたのはいい気分ではないが所詮、相手はただのチンピラ。こちらの体に不具合がなければもうどうでもいい奴らだった。


「どういたしまして。大丈夫そうでなによりだけど……そんなに睨まないでくれる?」


 地面にあぐらをかいて、助けてくれた人物を見る。見ただけで決して睨んだわけではない。

 背は低く、座っている俺がちょっと顔を上げればそれで目が合う程度。立っていたとしても胸の辺りにしかならないのではないだろうか。そして頭の上には丸い耳。細長い尻尾と合わせてネズミを思わせる風貌で、どことなく癒やされる。


 今更、獣人が目の前に現れたくらいで驚きはしなかったが、あまりの遠慮のなさに驚く。

 喧嘩の仲裁をしたことといい、見た目に似合わず度胸があるのか。


 俺と初めて顔を合わせた人は大きく二つに分けられる。怖がるか、睨むなと正直に言ってくれるか。もちろん、絡んで来る不良やチンピラは除く。

 これまでの経験則だが、こんな風に睨まないで、と言ってくれる人とは十中八九、いい付き合いが出来ていた。俺の目つきにも怯まないないので、最初から遠慮のない付き合いができるのだ。

 俺なりのバロメーターであり、それを基準にすればこの獣人は信じるに足る人物だ。助けてくれた恩もあり、少なくとも悪い人ではないのがわかる。


「目つきの悪さは生まれつきで睨んでないから勘弁してくれよ。とにかく、助けてくれてありがとう」

「あれ以上やってたら流石に死にそうだったからさ。間に合ってなによりだよ」

「……見てたんだな」

「うん。君が余所見しててぶつかる所からね。お互い様だったからやり過ぎなければ放置するつもりだったよ」


 つまり見ていたのは最初からというわけだ。

 それならば喧嘩になりそうな時に止めればいいのだが、先に手を出した俺がそれを言えるはずもなかった。口ぶりからするに、止められたのは俺の方だったかもしれない。


「見た限りでは大丈夫そうだけど、ちゃんと検査しておこうか。魔法の攻撃も受けたみたいだし。付いて来て」


 と言って、獣人は俺を立たせる。体の痺れもいつの間にか取れていた。

 そして促されるままにその後を付いて行く。


 こちらの世界に来て初めて出会った友好的な人物――と言っても出会ったのは二人のチンピラとこの獣人だけなのだが――に、迷った挙げ句、自分が別の世界から来たことを告げることにした。

 一人で抱え込むには壮大過ぎる話であり、夢物語のようで誰かに話したかったのもある。しかし一番は、これからどうしようか、と相談できる相手が欲しかったのだ。


 多分、悪いことにはならないだろう。

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