DQN
「歩きスマホをやめてくださ~い。黄色の線にはいってくださ~い。」
とある駅のホーム。脳髄まで仕事に支配されている駅員が大きい、均質的な声で、社会のマナーを口にしている。話している、注意している、というよりは”口にしている”。社会の人たちは、規則正しく列に並び、もちろん、視覚障碍者用の点字ブロックよりも列車の通る側には出ていない。スマートフォンという名の近代的なものを必死になって眺めている。この駅のこの朝の時間には、十人程度が一つのゲートに並ぶ。今日はきれいに太陽の出た日なのだが、朝、というにはあまりにもホームは殺伐としている。天気の良い爽やかな日に、
黒い画面の、彼らの玩具を、不安に駆られて半強制的に眺める姿は、あまりに病的だった。頭上には、電光掲示板のピクセルが光り、時計はちょうど8時10分をさしていた。
再度聞こえる、苛立った駅員の声。均質的な声はブレはじめ、怒りが混じっている。
言うまでもなく、今度は明らかに”誰か”に向かって出されている。
「黄色の線に入ってくださ~い」
列に並ぶ、平均的な五十代の男が"彼女"を見た。
その女は、我儘であり、どこか冷たいのが、淡々とした、自分の歩調を変えない歩き方から響いていた。その女は、駅のホームの端まで全く歩調を変えないまま、歩いていき、列の最後尾に並んだ。勿論、その間、ずっと駅員の苛立った声は強まりを見せていたが。
列の最後尾に並んだ彼女は、長ーくため息をついた後、片足に重心を移して、少しの間退屈そうに上を見上げていた。長年清掃されていないホームの屋根裏は埃の塊で埋め尽くされていた。
そんな彼女の耳に、もう一度、駅員の更に苛立った声が入ってきた。そう、言い忘れたが、彼女は繊細なのだ。
「黄色の線の中を歩いてくださ~い」
彼女は、駅員が、顔を真っ赤にするほど怒っているというのに定型句を繰り返すのにゾッとした。彼女は、もう耳に入ってこないように、さっとイヤホンをとりだし、 耳につけた。
しかし...もう一人の男の声が耳に届いた。
「それは俺が決める」
彼女の眼がサッと動いて、向こうのほうから歩いてくる、その男の姿を捉えた。黒いサラリーマンスーツが並ぶ中で、金髪、黒い戦闘服のようなダボダボのコートとズボン、コートに縦に書いてある”紅蓮”の赤色の刺繍。絵に描いたものが動き出したような、見事な昔の不良だった。そのあまりにも異質な姿は、彼女の前に並んでいる、人生の楽しみを全て、涎を垂らして食べつくしたような四十代の男性とは違い、十代の繊細な彼女の心をかき乱すには十分すぎた。
どうやら駅員ともめているらしい。くだらない男だと彼女は一蹴し、視線をまた埃の塊へと戻したが、耳はまだ彼のほうを向いていた。
駅員が彼のほうに近づいていく。男は歩くのをやめない。
「黄色の線から出ないでください、っていいましたよね?」
「だーかーら、それは俺が決めるっつってんの!!バカが!」
「出ないでください、って言ったら出ないでください!」
駅員も男も完全にキレている。彼ら二人だけが、異様なほどに静かな、マナーの徹底された駅のホームの中で浮いていた。さらに駅員がマナーをまくしたてた。
「あーあー、うっせー」
男は言いながら、歩きつづけ、”彼女”の後ろに並んだ。男はスマートフォンを取り出すと、それを遠巻きに眺めながら操作して、知り合いに電話をかけているようだった。
「まっちゃん!俺!....(いろいろと話した後)...今マジで気分わりーわ。駅員のバカに絡まれたからよー。それな!アハハハハハハ」
彼は体を動かしながら電話をするタイプだ。彼の声だけが静かなホームに響き渡る。彼の笑い声は哄笑に近いものがあった。しかし、誰も彼を見ない。黒い玩具を必死に見つめている。
そんな男の前にいた、彼女は思っていることを呟いた。この男の大きい声の中なら私の小さな声は聞こえないだろう、とふんだのだ。基本、言いたい放題言うことが彼女のポリシーなのだ。
「クズね」
そう呟いた後、男の電話の声が途切れないのを確認してから、スマートフォンをつつき始めた。彼女はyoutubeなどは見ない。彼女が見るのは不倫や家庭崩壊の実話だ。エンタメでその手の話を乗っけているサイトではない。twitterを舞台にした、夫婦間のいざこざや、深刻な家庭の悩み相談をみて楽しむのが彼女の悦楽なのだ。
「今度俺の家こいやまっちゃん。~~マジでおもろいからあそぼーぜ。じゃな。」
電話が止まり、男はぶかぶかの上着の中にスマートフォンをしまった。
「.................」
しばし訪れる静寂。駅のホームの中、人々はスマートフォンをつつき、電車も来ない。彼女はいつも通り、どこか日本の中にいる人間たちの不幸話を見て口元を歪めていた。
「おい。」
突如、肩越しにかけられた声。女は、男の荒い、ハーハーとした息遣いを髪に感じた。体の芯から寒気がするような感覚だった。
「お前。」
まず下に目線を向けた彼女は、次に両目をつむってため息をゆっくりと吐き、振り向いた。
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さて、ここで、二人の紹介をしようと思う
彼らは自己紹介をするタイプではないので、説明しすぎない程度にここで簡単に紹介をさせてもらう
まず、"彼女"のほうから。彼女の名前は東条雪子。18歳。高校三年。
彼のほうは、紅蓮。19歳。中卒。土建バイトをやっていて、体は筋骨隆々。
テキトーにかきました。