雀
雲の間から覗く太陽。
暗闇の街を、優しい光が照らす。
カーテンの隙間から入る光が、部屋を明るくする。
「んあああ、朝か。」
私は眠たい目をこすりながら起きる。
外は明るく、落ちている花びらを風が運ぶ。
「チュン、チュン。」
鳥の鳴き声が、心を気持ちよくする。
その時、
「コンコン、コンコン。」
何か硬いものが窓ガラスに当たる音。
「コンコン、コンコン。」
カーテンを開けると、そこにいたのは一羽の雀。
なぜか最近になって、私に餌をもらいに来るのである。
「よし、今から餌をやるからな。」
雀にあげる餌は、木の実。
赤くて丸く、今にも弾けそうな実である。
それを私は手のひらに数個乗せて、雀の顔の前に持っていく。
雀は、お腹がすいていたのだろうか、勢いよく木の実を食べる。
1個、2個、3個・・・。
あっという間に、残り1個となった。
しかし、雀はそれを食べようとはしない。
これはいつものことなのだが、必ず1個口にくわえて飛び去ってしまう。
飛び去る時は、お礼の一言も言わず、代わりに、糞をしていく。
私は内心「このやろおおお」と思いつつ、雀に餌をあげている。
こんなやりとりが、最近の私の日課。
でも突如としてこのやりとりが止まってしまう。
きっかけはほんの些細なこと。
私が部屋でパソコンをいじっていると、姉がやってきて、
「アメーバピグをやりなさい。」
と一言。
アメーバピグとは、自分に似たキャラクターを動かして、チャットをして楽しむと言う、いわば、セカンドライフとも言うべき、ネットの世界である。
私は最初、やり方も分からず、直ぐ飽きるだろうと思っていた。
しかし、何度もやっていくうちに、はまってしまった。
アメーバピグの世界では、「オセロ」という、日本人のためにあるようなゲームがある。
そのオセロをして楽しんでいる私。
こうして、アメーバピグにはまった私は、毎日夜中まで起き、昼まで寝るという生活習慣が身についてしまった。
当然、雀の「コンコン」という音では、目が覚めない。
そして、いつの間にか雀の餌やりをしなくなってしまった。
私の日常は、アメーバピグを中心に回り始める。
私は、アメーバピグの中で色々な人と出会った。
その中の一人、あだ名は「おばば」。
この人との出会いが、私の恋の始まりだった。
アメーバピグの中で毎日チャットをする。
まるで私は、パソコンに語りかけるように、キーボードを打ち続ける。
お互い、アメーバピグで出会い、そして、チャットを繰り返す日々。
そんな毎日が永遠と続き、どことなく無意味に感じた。
チャットだけじゃ、お互いの気持ちが分からない。
二人は次のステップを踏むことになる。
それがスカイプである。
スカイプとは、PCを使った、無料ビデオ通話である。
もちろんタダ。
この素晴らしきモノを使い、お互いの距離はさらに深まっていく・・・そうなるはずだった。
スカイプを初めてした日。
約束の時間にパソコンを開くと同時に、お互いの心がつながるかのように、オンになる。
その時私は、おばばとの別れとなることを知らなかった。
「ピーピーピー。」
おばばと初めての通話。
どんな人だろう、期待を胸に弾ませる。
「ピッ」という音と同時に、おばばの声が聞こえてくる。
「こんにちは。」
私はすかさず、
「こんにちは。」と返した。
おばばの声を初めて聞いた時、私は、おばばを想像していた。
顔はどんな風だろう?、髪は?、身長は?、スタイルは?
こんな想像をしながら、話しは弾む。
そして初めてのスカイプが終わる時、小さな声で、おばばは言った。
「ごめんね。」
私は、それってどういう意味か聞き返そうとしたが、
「今までありがとう。楽しかったよ。」
そう簡潔な言葉をつぶやき、スカイプが途切れた。
私は、この言葉の意味を確かめようと、スカイプにチャットをする。
しかし、相手がオフなのか、メッセージは届かない。
一体どうしたんだろうと、アメーバピグの方にも行ってみるが、そこに姿はない。
そうこうしていると時は流れていった。
私は、パソコンをつけるたびに開くスカイプの画面をみながら、おばばがオンになっていないか確認をする。
当然、オンにはならない。
アメーバピグの方にも、姿は見えない。
急なおばばとの別れで私は、生きる目的を失った。
パソコンをつけても、そこには、いつも、変な動きをして笑わしてくるおばばの姿がない。
「ざまああああああああ」
とか、たまに暴言を吐くおばば。
・・・
「一体どこいっちまったんだよぉ~。おばばがいないとつまらないじゃん。」
こうして、私はパソコンを付けることはなくなった。
おばばがいなくなってからまともな時間に寝たことがなかった私。
その日はなぜか直ぐ眠りに就いた。
朝目覚めると、懐かしい音が聞こえてくる。
「コンコン、コンコン。」
私は、聞き覚えのある音の正体を確認するために、カーテンを開けた。
そこにいたのは、一羽の雀。
「お前、まだ俺に挨拶をしにきてくれていたのか。」
「いままで忘れて、ごめんね。」
私は、その日から雀の餌やりを開始したのであった。
ひびは流れ・・・
私はあるピグともから、おばばは実は病気だったと知った。
余命数カ月だったらしい。
私には「内緒にしといて」と言われていたらしく、今まで黙っていたらしい。
そして、おばばがこの世を去ったため、私に口を開いたとのことだった。
その知らせを聞いた時、
「おばば・・・なんでもっと早く言ってくれないんだよ。」
私の目から、涙があふれた。
大好きだったおばば。
私はこんなに笑顔をもらったのに、何も返すことができなかった・・・。
私のピグが無口でいると、ピグともが戸惑ったような感じに、
「おばばは、いつも贈り物をもらっているって言ってたよ。」
とチャットをしてきた。
私は、何がなんだかわからなかった。
何も贈り物をしてないのに、一体何のことだろう?
その後ずっと考えていたが、結局わからないままだ。
贈り物?
その言葉を私は今も考えている。
唯一、思い当たる節は、アメーバピグでおばばと少ししたチャットの内容に、「雀」のことを話したこと。
「毎朝不思議とやってくる雀がいて、木の実を一個くわえて飛び去っていくんだよ。」
その時、おばばは何も言わなかったが、「スマイル」のアクションをしていた。
きっと、この雀が木の実を届けていたに違いない。
きっとそうだろう。
私は、何の確証もないまま、そう思った。
・・・
おばばがなくなる前、病室のベットの窓に、並べられた木の実があったそうだ。
看護師さんが、不思議になって、おばばに尋ねたそうだ。
「私の彼からの贈り物なんです。」
そうやって語るおばばの顔は、とても良い笑顔だったと言う。
おしまい。