08「叔母さまへの電話」【ギルバート】
「一度は、まとまりかけたんですけど、どうしても妥協できない相違点が見付かりまして。……えぇ。えぇ。……ですから、ご縁が無かったということで、日程を繰り上げて、今朝の汽車でお帰りに、……そうですけど、しばらくは結構ですから。それじゃあ、失礼します。――ふぅ」
ガチャン、リーンという音と共に受話器を黒い筐体のフックに戻し、ギルバートは大きく溜息をつく。すると、側に控えていたフェルナンデスが、待ってましたとばかりに、すかさず声を掛ける。
「大型で、嵐のような女性でしたね」
「名前がカトリーナだからか? たしかに、実物は写真で見るよりずっと美人だったが、押しの強さに辟易させられたよ。土足でプライベートに踏み込まないで欲しい」
ギルバートが呆れ半分で応えると、フェルナンデスは、さらに話を続ける。
「朝昼晩と、一日三食しっかりと上質な肉料理を召し上がってきただけあって、スタイルは抜群でしたね」
「優雅に紅茶を愉しむ余裕が無いのかねぇ。隙あらばビジネスチャンス探す姿勢には、厭きれてモノも言えない」
「開拓者精神ではないでしょうか? 新たなフロンティアを求めて、東へ西へ」
「その海賊たちの親玉は、クレイジーな女王だけどな。盾突く狼藉者は、片っ端から首を刎ねておしまい、ってな具合に」
ドアをノックする音が聞こえたギルバートは、一度、そこで言葉を区切る。フェルナンデスがドアに向かい、ノブを引くと、それと同時に、マーガレットがフェルナンデスを押し退けて進入し、そのまま窓辺に立つギルバートに抱きついて言う。
「お兄さま、ゴメンナサイ。私がワガママ言ったから、怒って帰っちゃったんでしょう?」
今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて上目遣いで見つめるマーガレットに対し、ギルバートはマーガレットの背中を両手で優しくトントンと叩いて落ち着かせながら、噛んで含めるように話す。
「縁談を壊してしまったと、お門違いの罪悪感を持ってるようだけど、マーガレットは、何にも気にすること無いよ」
「でも、お兄さまは、お断りになったんでしょう? 私が、お庭の樹は切っちゃダメだなんて言ったから」
「それは違うよ、マーガレット。夏以外にゲストハウスとして貸し出すという彼女の案には、そもそも俺も反対だったんだ。部外者に立ち入らせたくないからな。ゲストルームからの見晴らしに邪魔な大木を伐採してしまおうというのは、その中で出てきた話の一つに過ぎない」
「でも、でも」
自分の非を兄に認めさせようと尚も食い下がろうとするも、興奮してうまく言葉が出てこないマーガレットに、ギルバートが眉をハの字に下げて困っていると、フェルナンデスが横から助太刀する。
「不採算部門を切らなければ、企業は腐敗してしまうものです。しかし、ビジネス上の短期的な利潤を追求するあまり、悠久のときを経て絶妙なバランスで築き上げられた貴重な自然環境を壊そうという発想は、事業の意に反する動植物を邪魔者扱いするウォームヘッドと、生き物への慈愛心に欠けたクールハーツから生まれるものです。クールヘッド・ウォームハーツを家訓とするマーシャル家とは、元から相容れない精神の持ち主だったのですよ。だから、マーガレットさまが気に病む必要は、まったくないのです」
フェルナンデスの説明を聞いて、マーガレットは一度、フェルナンデスのほうへ首を向けてから、再び無言でギルバートを見る。
――話が難しすぎて、理解できなかったんだな。こういうところも、可愛い。
「心配しなくても、また他の誰かを紹介されるさ。焦らなくても、そのうち、もっと良い人が見つけるから。なっ?」
ギルバートが微笑みながら語りかけると、マーガレットは大きく一度頷き、ニッコリと笑う。二人のあいだのわだかまりが解けた様子を見てとったフェルナンデスは、ギルバートに提案する。
「一日、お暇が出来たわけですし、二人でお庭を散歩でもなされては、いかがですか?」
――おっ、気が利くな。たまには、良いことを言うじゃないか。
「そうだな。それじゃあ、行こうか」
「はい!」
ギルバートは、抱きついているマーガレットを、やや名残惜しげに引き離すと、片手をとって繋ぎ、並んで歩き出す。




