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06「避暑地の夕べ」【フェルナンデス】

「心なしか、さっきから胃のあたりが痛むんだが、ブランチのオムレツに、古い卵を使ったんじゃなかろうな?」

――妹さまのことが心配なだけでしょうに。

 フェルナンデスは、心の中で浮かんだセリフを胸にしまったまま、ギルバートの質問にだけ答える。

「卵も野菜も、契約農場で今朝採れたばかりの新鮮なものを仕入れています」

「そうだったな」

 猫脚で楕円のローテーブルを前に、一人掛けのソファーに座るギルバートは、応接間に備え付けられた古い柱時計をチラチラと見ては、組んだ手に顎を乗せて肘を膝の上に置いたり、背もたれの背後に利き腕を回して反り返ったりと、そわそわと落ち着かない様子をみせる。

「おおかた、レジャー客で道が混んでいるのでしょう。遅れるときは連絡するということですから、泰然自若とされては、いかがですか?」

 フェルナンデスが天気の話でもするようにシレッと言うと、ギルバートは、拳を口に添えて小さく咳払いをしてから言う。

「コホン。なにぶん、相手が初対面だから、不安要素が多くて。叔母さまも、もう少し役立つ情報を伝えてくれればいいのに」

――あまり多くを書かなかったのは、ギルバートさまの取り越し苦労になるとの判断だと思いますけどねぇ。

「百聞は一見に如かずだとお考えになったのではないでしょうか?」

 フェルナンデスが喋る途中で、ビーというブザーの音が鳴る。

「呼び鈴ですね。僕は、玄関に迎えに行ってまいりますから、そのあいだに気を静めておいてください」 

「あぁ。くれぐれも、粗相のないように」

「心得ています。では」

 フェルナンデスは、テーブルに置かれた空のグラスを持とうと手を伸ばすギルバートを部屋に残し、重厚な観音開きのドアを半分開け、素早く廊下へと出て行く。

  *

「サマーハウスに来たときくらい、一緒に入ればいいのに。せっかく、広々とした温泉(スパ)があるんだし、その姿のときは、外見は人間と変わらないんだろう?」

「せっかくのお心遣いに感謝して、お言葉に甘えたいところですが、主人と従者としての線引きが必要ですから」

 浴室で二人は、男同士の会話を交わしている。ギルバートは鳩尾まで乳白色の湯船に浸かり、フェルナンデスは湯船の縁に腰かけ、上着を脱いで袖と裾をまくっている。

「そこは譲れないんだな。――あぁ、疲れた。二時間のディナーが、二年間ぐらいの長さに感じたぜ」

「フフッ。晩餐に二年も費やしたら、メインディッシュのムニエルが干物になりますよ」

「ばぁか。それくらい、居心地が悪かったっていう例えだ。やれやれ。あのじゃじゃ馬を、あと二日ももてなさなきゃいかないのか」

「じゃじゃ馬ならしなら、お手のものでは? ――ぶわっ」

 軽口をたたくフェルナンデスの顔に向け、ギルバートは両手の腹を打ち合わせて水鉄砲をおみまいする。

「他人さまが困ってるのを面白がる奴があるか。少しは、ご主人さまを労われ」

「これは、失礼しました。以後、気を付けます」

 フェルナンデスは、眼鏡を外してハンカチで拭きながら、ギルバートに形ばかりの謝罪の言葉を口にする。

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