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結論からいうと、どうやら合格だった。
仕事の内容は、事務員といっても地元の史跡や郷土文化の調査やまとめが主だそうだ。
場所は近所……というよりもこの喫茶店の二階が事業所だそうで、アパートから徒歩5分程度と驚きの近さだ。
史跡と言えば、近所に、といってもスクーターで20分ほどだが、そこそこ有名な貝塚があるのも知っていたし、市の広報にも一役買っていると聞いて透明性のありそうな事業であることにも安心した。
黒部さんの話では福利厚生もしっかりしているそうだし、勤める上での問題はなさそうだ。
最大の懸念事項だった持病、うつ病も、特に気にした様子はなかった。出勤時間も融通してくれるとのことで、非常にありがたい。
1か月の試用期間から始まるそうで、履歴書等の書類が用意できれば即採用とのことだった。
予定では、来週の月曜から……今日が木曜日なので、今週中に書類をそろえれば、週明けにでも職に就くことができるようだ。
とんとん拍子に事が運び過ぎて怖いくらいだが、仕事終わりにケーキと紅茶が楽しめると思えば、何も悪いことはないし。お世話になってしまおう。
そこからの週末は一瞬だった。必要な書類を準備して、いろいろな書類にサイン捺印して、提出がてら紅茶を味わって、そんなままで日曜日になってしまった。
明日の出勤に準備して、スーパーマーケットのものではあるが体力をつけるために奮発していいお肉を買ってしまった。久々にステーキでも焼いて、スタンバイしておこう。
スーパーからの帰り道、路地の多い近所の道を何となく脇にそれ、遠回りして帰ってみた。
雑多にブロック塀と蔦の生い茂る民家の集合地を抜け、ぎりぎり車が通れる程度の小路を歩いていると、猫の集会に出くわした。
にゃー。にゃー。みゃーお。なーーーご。
1、2、3、4、5……全部で8匹の猫が、しきりに鳴き声を交わしている。初めて見る猫の集会に、思わずスマホのカメラを向ける。
モードを動画に切り替えて、物陰から撮影する。
にゃあーーーーーーーーお。
1、2分もそうしていると、真っ白い、ボス猫と思わしきブロックの上にいた猫が一際大きな鳴き声をあげた。
そして、こっちに、向かって、あ、気付かれてる。
後ろ歩きで下がりながらも、じりじりと距離を詰められる。スマホが地面と平行になろうかというところまでに近づかれたとき、ボス猫が跳んだ。
ふしゅっ!
爪の描く円弧をすんでのところで躱すが、慣性には逆らえず、買い物袋は軌道の上に置き去りにされた。
ビニール袋は音もなく裂かれ、ニンジンが、卵が、お肉のパックが、牛乳パックが、魚肉ソーセージがこぼれだす。
ばさばさと品物が落ちていくが、どうにか卵とお肉のパックは空中キャッチを成功させた。……それ以外は地面とお熱いキスをしたが。
みゃーお。
ボス猫の鳴き声に呼応するように、他の猫たちが寄ってくる。
まったくもってしてやられた。
破けた牛乳パックは、中身を三毛猫、トラ猫、そしてアスファルトの地面に啜られる。
先ほどのボス猫は、他の猫たちと一緒に魚肉ソーセージのパックをはぐはぐと噛み千切ろうとしている。
最早私はいない者扱いのようだ。
……ほんとうはいけないのだけれど、ここまでされては仕方ない。
「はい、ちょっと待っててくださいね」
歯型がついた魚肉ソーセージを拾い上げる。袋を開け、本体のビニールを剥いていく。
「はいどーぞ」
ボス猫の前にソーセージを差し出す。
にゃーお、ぱくり。と、大口を開けてソーセージをほうばっていく。まさか、お前一匹で食べるつもりか。
はぐ、はぐ、あぐ、あぐ、もぐ、もぐ、かぷり。
「いっっった!」
驚くべき速度で魚肉ソーセージを食べつくすと、離したはずの私の指にも齧り付いてきた。
指から血がしたたり、その滴をボス猫はペロリと舐めとる。
したり顔のボス猫は略奪に夢中な他の猫を置き、尻尾を振り振りお尻を向けて悠々と歩き出……あれ、今尻尾二本なかった?気のせい?
その時だった。
ブツリ、と空から不吉な音がする。空を見上げると、電柱から外れかかった電線が今にもちぎれそうにしている。
ぷつりという音と同時に、体は動きだしていた。弧を描き、重力によって運動する電線は、不思議そうに空を見上げるボス猫に向かっていた。因果応報というにはあまりにも寝覚めが悪い。ダッシュして、アスファルトの上に体を投げ出す。両手でボス猫を弾き飛ばしたところで、私の体に電線がふれる。視界は一瞬にしてブラックアウトした。