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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
セカイハマワレリ
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Case59.透き通る思い出

 煙草蒲芥子の幸福とは、天世リノに尽くすことだ。

 その喜びは10年前に知り、いまだに噛み締めている喜びだった。

 彼女がいなければ生きていく気力を失うといっても言い過ぎではない。


 芥子の人生は、出会いからリノ色に染められはじめ、いつしか一色になっていたのだ。


 そのリノが考えることなのだから、間違いはない、と思う。

 リノが言うことなら従う。止めるのは芥子の役目ではなかった。

 リノが遠くに行ってしまいそうなら、なんとしてでもついていくのが芥子の仕事だ。


 彼女が兵を求めるのなら、身を捧げるのも怖くなかった。

 テラレッサーを作るということは自分の一部を分け与え生命の模倣になるまで導くということであり、そのぶん自分は削れて薄くなっていく。

 だが、そのくらいで恐れるものか。

 リノへの愛はこうして薄れず、リノのためにまだ尽くすことができる。代償など無いようなものだ。


 芥子はよろめきながら実験室のモニターにすがりつき、息を荒くしてその画面を見た。

 どうやら、好機が舞い込んできたようだ。


 リノの役に立てと、誰かに言いつけられているようで、芥子はダイナマイトを持ち出し、研究員の制止など振り払って飛び出した。


 ◇


 小灰が実験を成功させたことで、エイロゥは彼女を褒め称え、また天界社側もテラレッサーを使いはじめたということがわかった。

 といっても、まだ仕掛けには行けない。天世智夜という最重要級のカードは手元にあるため、エイロゥは下手に攻め込んでいくよりも強化のプロジェクトを優先していた。


 そのエイロゥが研究室にこもりっきりであるおかげで、城華が姉である不二にツンツンしながらもくっつき始め、智夜はどうも暇そうにしていた。

 そこで、自身も暇だった希は彼女をいちど連れ出すことにした。


 彼女とはもっと親交を深め、彼女のことを知りたかったし、希は知識でしか知らないものを実際に見せてあげたかったのだ。

 いかに智夜が重要な人物であるかなどを知っている彼女自身は遠慮したけれど、希は無理矢理にでも連れ出したのだった。

 外の空気は智夜といっしょだからかどこか薬品めいた匂いがして、智夜を抱き締めるといっそう強くその匂いがした。


「あ、あの、本当に本当にいいんですか?」


「うん、行きたいところとかある?」


「だったら、いっぱい、いっぱいあるんですよ!」


 なにかあったら、希の逃げ足は光ほどに速い。

 それを知っていて、智夜は希がいるならと自分を見せてくれた。

 智夜だってただのリノのコピーではない。彼女なりの探求心と好奇心にあふれているのだ。


 連れていってほしいところがいっぱいあると答えた智夜は、希を逆にひっぱっていく。

 想像以上に力の強かった智夜に振り回されながら、希はいくつかの場所をめぐることとなった。


 まず智夜が見つけたのは、希の自宅にほど近い公園だった。

 ここで遊んだ記憶があって、でもお気に入りだったブランコが壊れてしまってなくなったのがショックで、姉に泣きついていたような覚えがある。

 小学校に入る前だから、5年前くらいだろうか。


「ここはですねここはですね、お父様がくらげのストレセントを倒した場所なんですよ! ほら、みてください、ここ! この滑り台の裏側、刀傷だらけでしょう?」


「あ、ほんとだ。そんな理由でこうなってたんだ」


 思っていたよりも身近なようで遠い話題だった。この公園にはイドルレが来て、ストレセントを置き土産としていったそうな。

 たしか、リノは10年もタチバナをやっているのだったか。そうなると、リノが戦っていない公園の方がこの街には少ないかもしれない。


 このあとも、リノがとあるストレセントを斬り伏せた道路、リノに感謝状を送った飲食店、不二の助けに入って討伐を成功させた公園など、智夜にはリノに関連したことばかりを説明された。


 記憶として持っているのがそれくらいだから仕方がない面もあるのだろうが、希は心の底からは楽しめなかった。

 ふたりっきりでのお出掛けなのに他人の話ばかりされていて、気分を損ねない女の子は聖人君子の才能がある。


 果てはリノと芥子がいっしょにお泊まりしたホテルなんかも紹介されて、そんなのいいから、と思わず言ってしまった。


 智夜は我に返った顔をして、小声でごめんなさいというと駆け出してしまう。

 素の希では追い付けない。変身を行ってでも追い付こうとスタンガンを探すけれど、スカートのポケットにひっかかってなかなか出てこず、なんと見失ってしまった。


 いったいどこへ行ったのか、探しに行こうと思うと、さっきまで希たちがいた方角から大きな音がした。爆発だ。小さくだが炎と煙も見えた。


 希は迷わずスカートのポケットをひきちぎって、スタンガンを取り出す。そして首に当てて放電。感電によって死亡し変身することを選んだ。

 音のしたほうへ走り、見つけたのは智夜と、彼女を捕まえている芥子の姿だった。やはり芥子の変身のための爆発だったらしい。

 彼女の変身どころか姿もほとんど見たことがなかったが、その派手な衣装はタチバナだと主張している。


「予測は簡単でした。ここは人格を残したストレセントとリノが戦った場所。思い出めぐりのようですが、もうお帰りの時間ですよ」


「ま、まだまだ、私は……」


「智夜ちゃんを離せ!」


 芥子はこちらを見るなり、タチバナであるならばもはや敵であると言いたいのか手のひらを向けてくる。

 それは拒絶でも制止でもなく、爆風による目眩ましの予兆だった。


 それには気がついていながらも、いざ爆風が起こされ、芥子は帰っていこうとするのを見ると飛び込んでいくしかないと思った。

 自分のせいでこうなったという思いから、というのも強いだろうか。

 けれど、いまこれを逃したら、もう謝れないかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。


「智夜ちゃん、いま行くからね」


 その声が届くよりも速く、爆炎が周囲を覆うよりも(はや)く。

 自分こそが希望の光になって、助けたい人を助けるんだ。


 瞳を閉じて、爆発が起きようとする場所へ自ら踏み込んで、瞬きひとつのあいだにはすでに智夜は芥子の手元にはいなかった。

 爆発は予定通り起こるけれど、希を捉えてはいない。どころか、芥子にはどこに彼女がいるのか見失っていた。


 希が戻ってきたのは数秒後だ。智夜を運び、気絶していた彼女をそっと隠して戻ってきた。


 芥子と戦って、希は智夜にちゃんと謝るつもりだった。

 だが、まだまだ日の浅い希と10年もの月日の差がある芥子のあいだには、戦闘の技術において歴然とした実力差が現れる。

 体術も、電撃と爆発の精度と扱いも、読まれてはかわされる。


 さらに希に距離を引き離されると困ると判断したからか、小規模な爆発が幾度となく足元を襲う。

 いちいち反応していては身体や顔に食らって戦闘不能になるのは目に見えていたのに、そうすると負担のかかる高速の疾走が使えない。

 希の再生は芥子の外傷よりも遅い。


「くっ、さすがに強い、かも……」


「天世智夜はどこですか? 私たちには必要なモノです」


 モノ、という芥子に腹が立って、皮膚の下では大出血だろう脚に無理をさせて立ち上がった。

 芥子は表情を変えない。


「教えないのなら、爆破するまでですが」


「誰が教えるもんか……!」


 啖呵をきって飛び込もうとすると、足元が揺らぐ。脚に力が入っていないのだ。

 とくにふくらはぎはもはや皮膚の上からでも赤く見えるようになっていて、激しく痛んでいる。無理をさせすぎたのかもしれない。

 希はそのままへたりこみ、爆風を受ける覚悟をして目をつむった。


 けれど。爆風は希に届く前に止められていて、透き通るきれいな物体へ変えられていた。


 爆炎ごと凍結させたのではない。あれは、結晶だ。目を開くと、ちょっぴりまぶしかった。


 純白のドレスが翻り、ちらりと見える白いタイツの細い脚が結晶を砕いて見せる。

 目の前には誰かが立っている。年頃は自分と同じくらいで、なのに鳥の羽根で華やかに装飾されたウェディングドレスを着て立っている。

 シルエットのほとんどが白くて、残りは肌くらいしかなくて、その肌はやや荒れてはいても幼い故のみずみずしさをもっていた。


「……見学者はとっとと退くっすよ。邪魔っすから」


 少女は希を抱えあげ、そして放り投げた。花壇の土に頭を打って痛んだけれど、脚に比べればなんでもない。

 それよりも、少女の登場でこわばった芥子の表情が気になった。

 炎であってもあのきれいなだけの石にできるのだから、人体でも建物でもかまわないのだろう。

 その能力を警戒しているようで、芥子は後退りしながらいくつかの爆破を試みる。


 しかし、衝撃や炎が結晶に変えられてしまえば攻撃は無意味になる。

 相手に盾を提供するだけだ。芥子はその盾に隠れて、自らは撤退を選んだ。

 結晶の盾すべてを蹴り割って、少女は舌打ちをする。これで、追い払ったのだろうか。


 希が呆然としているところへ、少女はやってきて、希の腕を掴んで無理やり立たせようとしてくる。

 再生はどうにか進んだらしく痛みはひいたけれど、そのやや乱雑なやり方には愛想の悪さを感じた。


「ほら、帰るすよ。お前も隠れ家はいっしょなんすから」


「あ、待って、智夜ちゃんは」


「道端に転がってた意識朦朧な小さい天世リノならもう帰しました。いいからさっさと来るっすよ」


 どうやら、この少女は機嫌がよろしくないらしい。

 このあとも、希と少女のあいだでは気まずい空気が立ち込めているのだった。

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