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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
セカイハマワレリ
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Case58.恋心渦を巻く

 十二車小灰は第二期のタチバナに選ばれた少女である。

 候補そのものは何人もいたけれど、その中でもいまの生活を捨ててもいいと言い出した者は小灰しかいなかった。


 別に、家庭は普通だった。一人っ子で、両親も甘く。

 小灰がやりたいことならかまわないと言ってくれた。それでリノの誘いに乗り足を踏み入れたのがこの世界、というわけだ。


 そして少女は、歪んだ愛に身を落としていく。


 炎を浴びて死ぬことを繰り返すうちに、自分が戦っている意味を見失った。

 ゆえに誰かを殺してしか、生を知れなくなってしまった。

 菜艶と汐漓のことはいまでもふと思う。けれど、彼女たちはもう生と切り離された。もう殺せないのだ。


 だからときどき、小灰は訓練と称して自分を燃やしている。

 あの痛みは第二期として過ごした自分を表しているような気がしてならなかった。


 そんな小灰だけが呼び出されたのが、生体隕石を奪う作戦が行われた翌日のことだった。

 もちろん相手はミナミだ。菜艶と汐漓の話だろう。

 恋をしていた彼女たちの生体隕石がどこに保管されているのかは、不二がストレセントとなりかけたときに確認していた。

 だから、菜艶のE型と汐漓のI型が含まれているのは把握していたのだ。


「では、本題ですが」


「……私の強化に、ふたりのを使うってわけ?」


「察しがいいようで助かります。他の型を取り入れることは拒否反応が起こり危険だ、けれどふたりと深く関わっていたあなたなら」


「だったら、ふたりに返してあげてよ」


 菜艶と汐漓の身体がどこにあるのかは知らなかった。求めていたのは身体ではなく、心だったからだ。

 その心もリノと、汐漓自身によって引き剥がされてしまった。けれど、復活のチャンスがあるのなら、と思ったのだ。


「残念ながら。私たちでは肉体は確保していません」


 この答えも有り得ていた。

 小灰は驚かなかったし、ミナミも残念そうには見えなかった。

 機会がないのなら、小灰はその刃を受け取ろう。

 あのふたりが遺したものならば、他人に渡すわけにはいかない。


「受け取っていただけますね」


「えぇ。やるわ、私」


 ミナミにはふたつの生体隕石と、三角形をした銀色のパーツを受け取った。

 どうやらバッジのようだが、どう使うものなのだろうか。

 和紙やうろこに聞いた話のとおり、揺さぶられる出来事でもあればいいのだろうか。


「いきなり実戦はまず無理です。少しずつ慣らしましょう」


 こちらは基本の別タイプを取り入れるため、より強い拒絶反応が出ると予測されているらしい。

 敵の目の前で苦しんでいたら、ただの自滅になるのは明らかだ。ミナミに従うほかない。


 ミナミに連れられるまま実験場へ赴き、そこそこ広く真っ白な部屋で小灰は自分を焼いて、そうして出来た焼死体から飛び出して変身を終える。

 自分についた煤をはらい、恐竜のテラレッサーが放たれたのを見て身構えた。偽物ではない。明確な殺意がある。


 小灰は実戦と変わらないような危機の感覚を抱きながら、自らの腹部に生体隕石をふたつ突き刺す。

 襲ってくるのは想像を絶する苦痛だ。


 通常ひとつだけでも合っていない生体隕石なら感覚をぐちゃぐちゃに掻き乱され神経が破壊される。

 そのくらいは知識としては持っていても、体感したことがなかった。


 いまならわかる。覚悟のない適合者が味わえば、きっと殺してくれとせがむこの痛みが。


 少し経っても、痛みはおさまらず、むしろ痛みとしての姿が変わっていく。

 すべての感覚が異常に刺激され、悲鳴をあげているのだ。小灰も同様に悲鳴をあげる。

 皮膚が熔けるように熱いのに筋肉は凍るように冷たく、脳はすでに割れているのかわけがわからず、下半身は快楽を訴えて床を濡らす。

 絶叫でもしなければ狂ってしまいそうだ。


 やっと痛みがおさまったのは、恐竜によって腹部が半身と分断されて、血が流れるほかの感触がなくなったおかげだった。

 持っていかれた半分は投げ捨てられて、地面に打ち捨てられる。

 ミナミが指示を出したようだ。テラレッサーは部屋の隅に行っておとなしくなり、小灰のもとへミナミがやってきた。


「やはり初回は難しいですね。くっつけます」


 テラレッサーにやられて傷は自然には再生しない。

 ミナミは意識の朦朧とする小灰をストレッチャーに乗せ、なにかしらの機械へ運んでいった。


 ◇


 天世リノ側のタチバナは残りふたりとなり、リノのため息は止まらなくなっていた。


 全人類に生体隕石を植え付ける。

 そうすれば、第一期のときに経験したような、救えない命はなくなってくれる。


 やっと手が届く救済のため、リノには手段を選んでいる暇はない。目的もまた然りである。

 他に方法がないのなら、理念に背かないのなら、敵の技術だって使ってやろう。


 そうして、まずは不足した戦力のため、自ら志願した芥子の感情を使ってN型のテラレッサーを造った。

 発車装置となるこのタワー、XとNの力を宿す智夜、そして大量の生体隕石。

 生体隕石は石炭のような使い方しかしないゆえに、いざというときは問題視しなくていい。

 最も重要な智夜の身体はここにはないけれど、ストレセントたちの側にあるのなら奪い返せばいい。


 リノは相手の方が人員で勝っていることから、自身は天界社にて待機し、しばらくはテラレッサーに向かわせることとする。

 待機といっても、研究はリノの仕事ではなく、見張りがてら外を見ながら駄菓子でエネルギーを摂取するのだが、そんななかでふと呟くことがあった。


「……あれ、誰もいないのって、こんなにつまんないんだっけ」


 数ヶ月前までは、第三期被験者たちも生体隕石など関わりのないただの女の子だったというのに。


 誰にも聞かれることのなかったその言葉は、そのまま虚空に消えていった。


 ◇


 一方、リノに反抗する側は大騒ぎであった。

 所属不明のテラレッサーがまっすぐ接近中だと、ウートレアによる盗聴と通信への侵入で発覚したからだ。


 出撃する人員についての指令を下そうというときに小灰がまだ脇腹が再生しきっていない状態で現れて、その痛々しさに希は目を背け、またふらつく彼女には不二と和紙が率先して肩を貸した。


「私も連れてって」


「無茶を言いますね、その身体でですか?」


「えぇ……誰よりも、私自身のために」


 小灰には執念があった。瞳には燃え上がる炎がある。

 それを見て、肩を貸していたふたりは言う。行かせてあげて、と。


 ミナミの口からは簡単に許可の言葉が出て、驚きとともに決心がついた。

 不二と和紙には礼を言って離れてもらい、まだ覚束ない足取りであるというのに玄関をくぐっていく。


 けれど、誰も彼女の瞳を見れば止めようとは思えなかった。


 リノが遣わしただろうテラレッサーは、毛ではなく鱗を備え、蝙蝠の翼を持ち、馬のような姿をしている鳥類をもとにしていた。

 踏みつけようとしてくるのを掴んで叩き落とし、脇腹が痛んでも振り回して放り投げた。


 相手はなんでもいい。どれだけ強くても弱くても関係ないけどもう一度、もう一度だけ、菜艶と汐漓に会いたくて、その心に触れたかった。

 皮膚まで再生が追い付いておらず筋肉が見えている場所に生体隕石を突き刺して、自分に火をつけた。

 どんな苦しみも、自分を生かしてくれる炎に包まれていると、菜艶と汐漓の生きていた証と犯してきた罪の記録のような気がして。


「お願い……ふたりとも、どうか力を!」


 炎が音をたてて燃えるなか、叫んだ声は誰かに届いたのか、返事が聞こえた。

 だったら、かわりに本当に言いたいことを教えてよ、と言われたような。

 かすかな声だけれど、たしかに小灰には届いていた。


「えぇ。えぇ! 大好きよ、なっつんも、しおりんも!」


 炎はいっそう高く燃え上がり、一瞬晴れた。


 そしてみっつの楔が宙を舞い、銀の三角形にそれぞれ突き刺さる。

 鮮やかな炎と、静かな水と、朗らかな草の色に輝いて、小灰の胸に舞い降りる。


 瞬間、光が小灰を包み、衣装の赤は三色の入り交じったものとなり、頬には根が張り、身体には白い腕がまとわりつく。

 そして確かに、三人分の声でこう宣言した。


「これが、私()自己犠牲(オトタチバナ)だ……ッ!」


 三色の光より現れた小灰は、その灰色の髪の先をほんのりと光によって染めていた。

 テラレッサーはむろん小灰を警戒する。が、警戒するだけでは意味がなかった。


 ぱちん、と指を鳴らす音がした。地面からは白い腕が生えてテラレッサーを捕らえ、草花は生い茂り抵抗する力を奪う。

 そして、炎はいっさいを燃やしてテラレッサーを焼失させる。


 勝負は一瞬にして決まった。生体隕石のかけらだけが残り、それを拾い上げた小灰はすこしだけ微笑んだ。


「ありがとう、ふたりとも」


 どこかからふたりの「どういたしまして」という答えが返ってきて、彼女の胸で銀のバッジがきらめいた。

 みっつの楔はつながりあって、より強い輝きを放っているのだった。

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