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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
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Case4.はじめてのおつかい

 和紙が蜘蛛を倒したことにより、訓練相手のストックがなくなったということで訓練は終わった。


 何事もなかったかのようにお助けキャラ面をするリノ曰く、変身能力は5分程度しか持続してくれないという。

 もう一度死ななければ戦うことができないと知れ渡ったことで、あれからうろこも城華も上の空だったから、きっと不二と和紙しかわかっていない事実だ。



 四人で自室のあるフロアへ戻っていく途中で和紙の隣に並び、気になっていることを口に出す。


 和紙はまったく迷うこともなく自殺を選んだ。

 いくつも線の入っていた彼女の手首は、あの死因となっていたリストカットのような行為を繰り返していたということを物語っている。

 いくら自分にはもう生体隕石が埋まっているといっても、そんな痕まみれの手首を見れば驚くしかない。


 物静かな和紙には、そういうことをするイメージはなかったのだが。


「あの、和紙。怖くなかったの?」


 ほかのふたりは嫌なことを思い出してしまっているようで、まともに話せない。

 なら不二が自分で聞けばいい。

 ああして躊躇いなくできるのには何かあるのか、と。


「……ひとつ、ファンタジーな設定でいいなら」


「えっと、ファンタジーって?」


「例えば、私は孤児で、娘を失った経験のある暗殺者に拾われ育てられたけれども、その暗殺者自身がターゲットにされてしまったせいで自害するしかなくなり、私の犠牲で育ての親は逃げ延びたとか」


「大丈夫、聞かせて」


 そうはいっても、和紙は黙ってこっちを見る。

 もしかしてネタ切れとか、さっきので全部語ってしまったとかだろうか。


「いまので全部だった」


 予想通り、そうだった。

 これが実話であるとは思えないが、創作としては物悲しくて不二は好きになれるお話だと思った。

 もし漫画やアニメなら、この先でその暗殺者の行方を探すことになったり敵として立ちはだかったりするに違いない。

 少なくとも、不二が脚本ならばそうした。


「でも。いまのは事実。わたしはもう死んでるんだから、なんにも関係はない」


 そこまで割りきれるのは常人の精神ではできないことだと思う。

 やはり、人の死と濃くかかわる場所で育てられたおかげだろうか。


 不二がこうしてここにいるのも、あんな家庭環境だったからだ。

 自殺を選ぶ者は、自分ではどうにもできないものに絶望させられてここまで来る。

 だから、きっとそうなのだ。


「ありがとう、変なこと聞いてごめん」


「今度あなたも教えてくれればいい。不二のことも、知りたい」


 自室前に到着し、和紙ともうちょっと仲良くなれる機会がやがて訪れるような約束を交わし、それぞれが自分の部屋へと戻っていく。はずだった。


 ひとりだけ、自室ではなく不二の部屋にやってくる少女がいた。

 宿場城華だ。


 自分の死んだ原因を支給品という形で突きつけられ、もう一度どころではなく、戦うのなら何度も同じように死ななければならないと。

 そういわれた普通の女の子はこんな反応をするのだろうか。


 城華は薬品の吸入器とカプセルを持ったままやって来て、怯えた目でそのカプセルを見てしかいない。

 声をかけるべきだろうか。

 かけなければ、自室として与えられたはずなのに窮屈だ。


 とりあえず、どうして不二のほうへ来たのかから聞いてみる。


「どうしてわたしのところに?」


「別に。怖いから、誰かと一緒にいたいなんて……言えないわ」


 もう言ってしまっているのだが、突っ込むのは野暮というものか。

 城華の言っている怖いとは、何に対しての言葉なのだろうか。

 死ぬことか、それとも戦うことか。

 死ぬ勇気があったところで、あの蜘蛛の怪物に立ち向かえる勇気とは違うものだ。

 きっと役に立たない。


「だったら、城華はもう死ななくていい」


「へ……?」


「わたしが代わりに戦うから」


 とっさに出た言葉はそれくらいだった。

 元より価値のない身だ、誰かのためという大義名分ができ、そのために貢献できるなら不二はそれこそが幸福だ。


 戸惑う城華は頷くしかなかったのか、ためらいながら首を縦に振った。

 それでよかった。自分以外の犠牲を見過ごしていられるほど、不二は薄情ではなかった。


 まだ互いのことはよく知らないし、友達といった関係でもない。

 この状態の彼女と話が弾むわけもなくて、城華には休んでもらうことにする。


 不二もまた休憩だ。

 なぜか部屋に備え付けられていたまんじゅうはホテルで食べるみたいな味がして、旅行気分になれる。

 ふたつあったので片方は城華に渡し、しばしはそれを食べて過ごそうとした。


 過ごそうとした、ということは、結局途中でやめさせられてしまったということである。


「申し訳ないが敵の出現が確認された。これを初陣にしたい。至急この真下のフロアに集合するように」


 突然リノ本人が現れ、そうとだけ告げると荷物を人数分置いてすぐに去っていった。


 リノからの贈り物は連絡用にとスマホでも電話でもなくトランシーバーである。特別製だとかいてあり、なかなか重たい。

 だが、戦う気があるのならボックスの中身は持っていかなければならない。


 怖がっている城華は怖がっているなりについてこようとしている。

 今の城華は足手まといかもしれないが、城華自身がしたいことなら不二が止める筋合いはなかった。


 同時期にうろこも和紙も飛び出しており、駆け足で階段を駆け降りていく。

 そこにはバイクかなにかが置いてあって、繋がれている荷台の部分に四人ぶんの席があった。

 全体的に棺桶をモチーフにしているようで、死霊を操れそうな人が持っていると言われても違和感はない。


 またしても不二と和紙が先行し、ちょっと遅れてうろこ、そして城華という順番で乗り込む。

 死ぬ勇気があるかどうか、が現れているのか。


 黒魔術風味なカーテンをめくって入った車内に設置されている骨壺型の椅子に座ってみると、乗り心地は見た目以上に不二の下半身になじんだ。


「あたしの人生で一番悪趣味だよ」


 一番お姉さんそうなうろこでもさすがにこれ以上はないという。

 実際、このバイクと比肩する乗り物といえばやはり改造までした痛車レベルになる。

 それを聞き召集したリノ本人はため息をつき、とても残念そうにしている。


「私は最高にいかしてると思うんだけどな」


「それより、何に使うんですかこれ」


「よくぞ聞いてくれました!説明しよう!私たちは敵襲がいつでもどこでも対応できるように、このマシンを使うことになっているんだ。名前は『ユリカゴハカバー』」


「だっさ」


「そこ!思っても言わないで!お願い!」


 小声で文句を漏らした城華だったが、聞かれていたのは予想外だったのか、不満そうに目線を落とす。

 かわいらしいといえばそれまでだが、その短いことばには弱った彼女の精一杯の抵抗が含まれていた。


 ユリカゴハカバー、というらしいマシンに適合者四人と運転席にリノが乗り込んで、激しい音をたてながらエンジンを点火した。

 音が危ない。明らかに暴走しそうだ。


「それじゃ行こう!最高にクールに空を舞って車に酔おう!」


「それはだめです!」


 酔うまでそんなことをされたら戦うどころではない。

 必死でリノを止め、しかしそんな言葉も虚しく、リノの暴走運転で初めての五人旅が始まった。


 ◇


 ユリカゴハカバーはなんと公道ではなく空へ飛び出した。

 途中でエレベーターなんてついていたあたりからすでになんだこれとは思っていたが、まさか本当に飛んでしまうとは思わなかった。


 リノのテンションは上がっているが、これはきっと交通状況などに囚われずに現場へ急行するやり方なんだろう。


 目下では建物が壊されて煙が上がり、人々が逃げ回っているなんてパニックが起きている。

 敵は巨大なためここからでも見えた。大きな蟹だ。

 ショッピングモールに対して、まるで貯金の大敵だとでもいうようにハサミを叩きつけている。


「さて、と。この中に飛び降りが死因の方は?」


「……いらっしゃいません」


「じゃあ普通に降りるしかないね、そこそこ来るけど気にしないで!」


 きゅうな加速でぶっとばされそうになり、気にしないで済む話ではないと思った。しかも地面に向かっていく。

 このままだと地面に激突して爆発するだろう。

 いくら全員が死んでも平気だといったところで、ユリカゴハカバーが台無しになってしまう。


 リノの暴走運転は信用できない。地面が近くなっていってもいっさい減速しようとしないのだ。

 頬を撫でる風がもはやドライヤーを超えてきたくらいで顔を背け、いっそのこと一度死ぬ覚悟をするしかなかった。


 衝撃に備え、他三人もまた縮こまったたり目をぎゅっとつむったりしていた。避けられない、と誰もが思っていた。

 リノでさえも、だ。


 直後、車のボンネットがへこんでしまうような派手な音がして、衝撃がユリカゴハカバーを襲った。

 しかし一度当たった以降は勢いをすべてぶつかった壁に奪われており、車体も変形しておらず全員が無事なままに地面に着地した。


 さっきの衝撃はなんだったのか。

 そう思って率先してカーテンをめくって外に出ると、上空で見たときとは全く印象の違う巨大蟹がそこにいた。

 右の鋏の付け根あたりがへこんでいて、そこにユリカゴハカバーが激突したのだろうと思われた。


「あちゃ、あのスピードでも駄目?ごめん、手ぶらだし私は何もできないや」


 リノは早々と諦めて、ユリカゴハカバーを駆り生存者の救出に行くと派手に瓦礫を砕きつつ半壊のショッピングモールに潜っていった。

 ここは、四人で食い止めなければ。


 背後から変身、の掛け声が聞こえ、和紙が血を流して戦闘態勢に入る。

 のだが、和紙の持つナイフでは突破力がないのか、弾かれてしまった。


 へこんだ部分も同じだ。殻自体は健在であり、蟹の奥の身に到達するには的確に関節部分を抉るしかない。

 しかも、脚は何本もある。とても現実的な手段ではない。


 ならば。ここは、別の死因に賭けてはどうだろうか。


 不二が支給されたのはフックショットのついた首輪だ。

 金属製で、首に触れるとひんやりする。

 また、表面に出ている生体隕石とぶつかって、かつんと鳴る。


 ちょっと付け心地は悪かったが、今は構っていられない。

 背後にショッピングモールの残骸があること、障害物はないことを確認。

 フックショットのボタンに手をかける。


「がっ!?」


「ひっ、い、いや!来ないで!」


 聞こえてきた悲鳴は和紙のもので、次に城華が怯えているらしい声もした。

 和紙では食い止められていない。

 城華は不二が代わりに戦うと告げた。

 よって、不二を止められるものはない。


 射出ボタンが押され、ユリカゴハカバーに勝るとも劣らぬ勢いで飛んでいき、コンクリートの壁にがっちりと食い込んだ。


 続けて巻き取りのボタンだ。こちらも高速で行われ、しかしコンクリートに食い込んだ状態からは離れず、結果不二が首輪だけで吊られていく。


 ごきり。


 自分の首が、ふだんは曲がらないし、ほんとうは曲がってはいけない方向に行ってしまったのがわかった。

 おかしな位置からの視点は新鮮なようで気分が悪くなる。


 あとは、簡単だ。息ができない、血が止められている状態で、身体だけが変わっていくのをじっと待っている。


 自分の考えている中核のはずの頭を置き去りにして、ほとんど繋がっていない身体が華やかに彩られていく。


 イメージカラーは空色のようだ。こうして首が折れ、苦しんでいることによって、可愛らしく作られていく。


 ドロワーズ、スカート部分、胸の大きなリボン、装飾される首輪、空色の長手袋といくつもの工程を経て、やっと違う感覚があった。

 壁に叩きつけられてしまった感触みたいだった。

 吐くものもなく、待っていた解放でもなく、ただ今までの苦痛はほんの一瞬でしかなかったことを知らしめてくる。


 やがて、食い込んで離そうとしていなかったフックの先がコンクリートから外れ、首を自由にふざけた方向へと動かしながら不二は落ちていく。


 もう怖いものなんてない。

 もう不二は死んでいる。これ以上なんてあるわけがない。


 地面に激突しようとした瞬間、身体がまともに動くようになった。

 空色の隕石はやっと頸椎が繋がり、解放された。


 再生したということは、変身が完了したということだ。

 これで戦える。ちょうど蟹の注意も和紙や城華からこちらへ向いていて、都合がいい。


 試しに首輪のボタンを押してみると、なんとそこから伸びたぶんのワイヤーが自由に動くではないか。

 さらに先端も不二の意思で動かせる。触手を手に入れた気分だ。


 蟹は蟹らしく横歩きでこっちに向かってくる。

 迎え撃つようにワイヤーを操り、薙ぎ払う鋏を縛り、その目の部分に先端を持っていき、四つに別れた金具が絞まってその飛び出た目の組織を破壊する。


 視界を半分も奪われて、蟹は暴れようともがくが、強靭なワイヤーによって行動は制限される。

 まるで店先に並べられているようなまとめられた状態になったところで、不二はこれで決めるのだと構えた。


 まず、不二の体重を受けて支えられるだけの場所が必要だ。ここでユリカゴハカバーの突撃が生きてくる。

 へこんだ部位を狙えば、ただの甲羅は無理でもひび割れていれば突破できる。

 深々と食い込ませ、支点を作る。


 あとは巻き取るだけだ。

 ボタンを押せば、あの勢いで再び移動がはじまる。それでいい。

 今度は乗りこなす。


 標的を縛っているレールを高速で辿り、不二の大移動が始まった。

 蟹を中心とし、周囲を人工衛星のように飛び回り、最後には速度のエネルギーを乗せて金具が食い込んだ部分へと蹴りを叩き込む。


 不二は掛け声を叫びながら、必殺キックとなるその技を叩き込んだ。

 内部に衝撃が走り、そこから蟹が崩壊していく。


「わたしが犠牲になって……皆を救う」


 決め台詞代わりにかっこつけて呟いた。

 自分でもきれいに着地したと思っている不二の背後では、耐えきれずに外にまで爆炎を放出してしまいながら蟹が跡形もなく消えていく。


 怪物がいたはずの場所には、最後にはひとかけらの小石だけが残ったのだった。



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