Case52.襲撃と眼光
新しい仲間が加わって恒例のパーティー、となるはずが、智夜のときはそうはならなかった。
リノによれば、ほんの一時しか所属しない予定であることから、らしいが。
まるで、出荷前の家畜と仲良くしてはいけないと言われているようで、気味が悪かった。
だが、リノが集めないのならばこちらで集めてしまえばいい。誰にも紹介しないで幼児を連れているとか、こっちが落ち着かないからだ。
昼頃の自由な時間にみんなを呼んで、こっそりタワー中腹にある厨房つきの広間を借りて智夜を加えテーブルに並んだ。
「おぉ……あこがれのタチバナのみなさまが、こんなにこんなに……!」
感激の最中、希が智夜の背中を押し、彼女は勢いよく立ち上がった。
勢いをつけすぎたのか、椅子は倒れ、それを慌てて直してから自己紹介に移る。
「天世智夜です! 年齢はゼロ、非合法ロリです!」
「えっ、ゼロ!? ってかなによそれ!?」
ノリよく突っ込んでくれた小灰。智夜はそれを、自分を受け入れてくれたのだと思ったのか笑って肯定した。
小灰は普通に説明を求めていたのかもしれないが、そこはあとでまとめて言うとして、タチバナそれぞれが自己紹介をしていく。
智夜は「知ってます知ってます!」「そうなんですかそうなんですか!」の二種類の相づちで全員ぶんをやりすごし、たぶん説教されても態度が変わらないんだろうな、と思えた。
自己紹介と説明が終わると、一番気さくなうろこが智夜に絡んでいく。
そのあいだに全員で軽めのお菓子を作ったりしてみて、小パーティーにしてみようという話になった。
「お前さんが噂の隠し子って奴か。ほんとに似てるんだな」
「わぁ、うろこお姉さんだ、うろこお姉さんだ! あの、右手をサイコガンにしてみませんか!?」
「サイコガン? ってあれか。レーザーは性に合わないんだよ」
そういう問題なのだろうか。そこでひとまず改造の話はやめて、智夜の容姿の話へと戻った。
「はいはーい! 見た目だけじゃなくて、適合の型も間をとってるんですよ」
「そうなのか? えっと、リノと芥子のあいだだから……」
「XとNの合の子です。これらを混ぜるのは、きっときっと私の胎内でしか行えません。ですので、実験に必要だったんです」
X型、リノが使っていて、生体隕石を取り出すことのできる型。
そして、N型。こちらはネヴラ・イヴと同じで希少なものであるらしい。
このふたつの特異な生体隕石を融合させれば、リノのプロジェクトは一気に進められるという。
「そのプロジェクトって?」
「……いまはまだ話せません。ほんとうにほんとうに申し訳ないんですが、そこはひみつにさせてほしいんです」
「じゃあ聞かないよ、悪かったな」
智夜に関しては、こうして振る舞っているのには似つかわしくないような事実が隠れている。
少なくとも、この場にいるタチバナは皆そう思ったことだろう。不二だってそうだった。
作ったクッキーを並べつつ、なるべく彼女については触れないようにもする。
一皿ぶんのクッキーがなくなるころには、はじめよりずっと打ち解けていて、みんな警戒心よりも興味が勝っているようだった。
あの気難しい城華でさえ、遠くもなく近くもない位置で智夜を観察している。
特に、肉体の年齢が近いこともあってか希とよく打ち解けているようだった。
話の内容は唯一の年下ということで、妹視点からのタチバナの話らしい。貴重なお話だと捉えているのか、智夜もよく頷いて聞いていた。
ただ、こういう時間はよく中断される。緊急の連絡が入ったのだ。
智夜の関連ではなく、それは窓から外を覗けばすぐにわかることだった。
エイロゥだ。数メートルの体躯をもった恐竜を何体も従えている。
あれはストレセントで、エイロゥは恐らくアメリィがやったように結界に穴を開け突入してくるだろう。それでこの緊急の連絡だ。
「あの、あの! わたし、みなさんの戦闘をこの目で見てみたいです! だめですか?」
「わたしは構わないけれど、みんなは?」
周囲を見回すと、吸入器を使い毒が回っている城華、血のドレスを纏う和紙にポリス風味の衣装でいるうろこ、夜色に染まった希の姿がある。
小灰は屋内では変身できないのか、窓を開け放ってみんながすぐにでも出ていけるようにしていた。もはや不二がわざわざ聞くまでもない。
不二もまた首輪のボタンを押した。結界手前に打ち込んで、首を折られながら飛んでいく。
同時に小灰は油を被って炎上し、城華も翼を手に入れ飛び出した。
うろこによる狙撃がエイロゥを狙い、和紙と希はまばたきほどの一瞬で恐竜に飛びかかっている。
不二が変身を完了させながら着地し、ついでにその勢いのまま恐竜一匹に蹴りを入れる。
すでに前までよりも無茶な動きでさえできそうな気分で、不二は大きく息を吐く。
かみつこうとする恐竜たちからいったん離れた速度自慢ふたりをあわせ、六人のタチバナが並んでエイロゥと対峙した。
「おやおや、みなさんお揃いですね」
「今度は何の用だ」
「そう怖い顔をなさらずに。ただ、戦争を仕掛けに来ただけですので」
エイロゥは表情ひとつ変えずにそう言い切って、指をぱちんと鳴らした。
当然これは配下への合図だ。恐竜たちがいっせいに結界の中へ雪崩れ込んでこようとする。
結界があるから安全、と言わせるつもりはないのか、簡単に穴を開けてみせ、両手でも数えきれないほどのストレセントが迫ってくる。
うろこの砲撃、希の電撃はよく効いているらしいが、的確に仕留めなければやつらは背後をとるように動く。
城華が毒を撒き散らせば、ここは拠点であるのだから関係のない者にまで被害が及んでしまうだろう。
「きゃっ!?」
悲鳴をあげたのは城華だ。食いつかれ、食いちぎられた腕は痛々しい。
本来ならば、それらはすぐに再生をはじめるはずだ。しかし、何も起こりはしない。
いったいどういうことかと、不二は恐竜数体から城華を守るように立ち回りながら彼女に呼び掛けた。
「城華、大丈夫!?」
「え、えぇ、このくらい、なんてこと……!」
城華からは苦痛のうめきと強がりの言葉だけだ。肉も皮も元には戻らず、地面には血が滴るばかり。
混乱する脳に、エイロゥの笑い声が響く。
「いやなに、やっと正常になれたじゃないですか、宿場城華さん」
「何が言いたいのよ」
「このラプトルたちは特別製でして。私の劣等感。敗北感。それらを増幅し、生体隕石のかけらへ与えた。テラレンドのなりそこない、言うならばテラレッサー、でしょうか?
食われれば再生しない、守ってくれる結界なんて存在しない……無力ですねぇ、人間さん!」
タチバナの再生を阻害する。そんな相手を持ち出されれば、たしかに普通の人間と同じようにやられれば終わりだろう。
けれど、そのくらいでくじけていてはタチバナになった意味がない。不二は死を選んだのだから、再生という安全装置がなくったって突っ込んでいくのだ。
そうだ。リノや芥子に頼ってはいられない。それに、智夜の頼みだってある。
不二は胸に手を当て、あのときの四振りの剣を展開する。
うち牙の剣を手にとって、自らの祈りを込めた。この剣には不二自身の魂が込められている。
自分自身の一部であるのなら、手足のように使える。
肉食獣のように確実に。守るべきもののために狩りをする。
駆け出すのではなくゆっくりと歩き出した不二へ、恐竜は待ってましたと口を開けた。そして、不二を頭から食らうべく、向こうからも近寄ってくる。
次の瞬間に、恐竜の上顎は落ちた。切り落とされたのだ。
舌の根で輝いている生体隕石の欠片を素手で引き抜き、すぐさま残りは消滅していった。
狩りは一匹では終わらせない。次の一匹には飛びかかり、さらに数匹へ飛び移る。
はじめに止めをさされた仲間を見たためか、あるいは不二を警戒してか、恐竜たちの注意はしだいに不二へとうつっていく。
「おいトカゲども、タチバナはひとりじゃねぇぞ!」
うろこの砲撃は本来なら当てにくくやりにくいヘッドショットを主体とした方針に変わり、上顎を一撃で破砕していく。
それだけでは殺しきれていないものには和紙が飛びつき、生体隕石を抉っていくことで処理していく。
一度弱点が知れれば、狙うべきはそこだ。エイロゥの笑みが引いていく中で、それぞれの戦いが展開されていく。
「……っち、あのガキを狙うのです、ラプトルたち!」
エイロゥの号令は意外なものであった。タチバナたちをよそに、タワー中腹から見ている智夜を狙えと言い出したのだ。
ラプトルは目の前の相手から遠くの目標へと目線を変えていく。その頭部を狙いやすくはなっても絶対に逃がせないものとなった。
うち一匹。タチバナが群れと正面から戦っているあいだに、背後から迫ろうと考えるものがいた。
器用に爪をひっかけてタワーを登り、ついに智夜のいるところへ到達していた。
智夜は平均よりずっと高い身体能力を持っているが、それは同年代の人間での話。恐竜相手では役に立たない。
「う、ま、まだまだ死ねないんですが……!」
必死に窓を閉めようとし、開けさせるためにその鉤爪をひっかける恐竜と力比べになる。
もちろん智夜が勝てるはずもなく、恐竜は室内へ首を突っ込むことに成功した。あとはもう、食われるまで逃げ惑うしか。
「年も重ねないまま人生終わりとか、私が許さないよ」
その声は、希のものだった。
次の瞬間、恐竜の身体は大きく痙攣し、そして勢いで爪が離れてしまったのか地面へ落ちていった。
地上から親指を立てる希が見えて、智夜は彼女へ感謝の印として頷いた。
希が戦場へ戻るころには、焦げ付いた地面が目立ち、倒れ伏して終わりを待つ恐竜たちが数匹残っているのみで、それらも城華の毒によってすでに虫の息であるようだった。エイロゥが連れてきた群れは全滅だ。
残るは戦おうとしないエイロゥだけ。しかし、彼女はラプトルを作るのに使ったような感情は見せなかった。
「XとN。未知による侵食と、終焉による癒着。なるほど。リノ、あなたはそこまでするのですか」
そうとだけ吐き捨て、自らの周囲に切断の能力による真空を作り出して姿を消した。逃げられてしまったのだ。
また同じように結界を破壊しにくるかもしれない相手を取り逃し、六人は安心を取り戻さないままに智夜のところへ戻っていった。
◇
「あ、みなさんみなさん! ありがとう、ございます!」
変身を解いてなおどこか張り詰めた空気に居心地が悪そうにする智夜。
このままではいけないと、まず希が彼女のところへ駆け寄っていく。
「ほ、ほら! 智夜ちゃんも無事だったんだから、再開、ね!」
「……城華の身体はどうなる?」
城華の腕には包帯が巻かれていた。が、再生の予兆はいまだにない。
エイロゥの言い分は本当だったらしく、襲われることを考えると夜も眠れなくなりそうだ。
ほぼ全員が目線を床にまで落としてしまったあと、意を決したのか、智夜が口を開いた。
「あの、あの! みなさんに施すための強化の計画があります! エイロゥの技術を、こちらで上回ればいいんです!」
「でもどうやって」
「エイロゥも言っていたじゃありませんか、侵食と癒着。私の力なら、可能なんです。信じてください」
全員に向けられた本気の目。不思議と人を納得させるその目は、確かに天世リノだ。
真っ先に返事をしたのは意外にも城華であり、包帯の巻かれていない手を差し出して、彼女にこう言った。
「し、信じてやるわ、あんたのこと。私も研究者として協力しなくもないってことよ」
「……はい! ありがとうございます、ありがとうございます!」
ふたりが手をとりあって、そこへ不二と希で手をかさねた。
つられてうろこと和紙、最後に小灰がのせて、みんなで「おー!」と掛け声とともに高く掲げる。
エイロゥの目的はわからない。どころか、リノの目的でさえわからない。
それでも不二たちだけは、きっと離れない。そう誓ったのだった。




