Case50.唯ひとつ、希うのならば
久しぶりに訪れた、心配の無い日。
厳密にはそうも言い切れないけど、きっとそういう日。少女、円不二はいつもより遅くに目が覚めた。
「ん、起きたのね」
隣で目をこする城華と、逆サイドではまだ幸せそうに眠っている希がいて、そういえばやけに動けないと思えばこのせいだったのか。
幸い寝返りがうてずに悪夢を見てしまったなんてことはなく、希のことも起こしてやる。
アメリィとの遭遇から、ずっと悩んで、それから気を張っていたような気がする。
希の仲間入りに、唯との再会。そして、ネヴラ・イヴの復活。
すべてがたった数日前、しかもイヴは昨日であるとは思えないほど遠くの物語のように思えて、しかし不二の心のなかでは確かな記憶として根付いている。
イヴとの戦いで、アメリィの生体隕石を心臓がわりとした不二。
あのときに発現した力は相手が強敵だからこそ起こった奇跡で、自分の意思だけで発現するものではないのだという。
それは自分でもわかる。皆の助けがなければ、あんな相手には勝てなかったし、イヴの願いに手が届かなかっただろう。
リノ曰く。そのときに使えた能力や武器はたいてい覚醒のときにアンロックされているので、四振りの剣も使えるだろう、ということだった。
リノも同じような姿となった経験があるのだろうか。もしかすると、テラレンドはみんなの協力がないと倒せない、とはそういう意味があったのかもしれない。
「ほら、ご飯。行かないとリノに食べられるわよ」
「それは困るね、ほら希も」
「んー、わかった、うごく」
三人も寝ていたはずのベッドからはひとりもいなくなって、全員が食堂へと向かう。
食事の時間はささやかな楽しみだ。担当の人も気を利かせていろいろ工夫を凝らしてくるのがまた、タチバナたちには人気である。
食堂に到着するとすでにほか全員が集まっている。それだけならいつものことだが、きょうはやけに並んでいる料理も豪華で、朝からにぎやかだった。
ねぼけた頭はクラッカーの音で叩き起こされる。希も同じだったらしく、びっくりして身体をちいさく跳ねさせた。
そんな妹の頭を撫で、不二はリノたちに誘導されてひとりだけ長いテーブルのたての部分に座らされる。
主役が座るべき席だろうに、不二はなにかしただろうか。そう思ったところ、イヴを倒した記念のパーティーであると思い出した。
「よし、MVPも来たし、全員揃った!じゃあはじめようか!」
リノの号令で、おもにうろこ、そして気分がのってきた希が歓声をあげる。
数々の料理は珍しく中華がメインで、ひとまずチャーハンをもらおうとしたところ、予想以上に盛られて焦ったのだった。
「ほらほら、食べて食べて!」
「ありがとう、ございます……そういえば、どうしてこんなにパーティーを?」
「なんでもぱーっと食って騒げば、いい思い出になるのさ。つまり私の趣味!」
リノの趣味なら、不二が何を言う必要もない。これは伝統なのだろう。
確かに、あれだけ苦しい戦いで、みんなほとんど死ぬような傷を負っていたのにいまは笑っている。
本当に楽しそうで、不二だって頬がゆるむ。
「おつかれさま、MVPさん?」
「小灰さん!」
「あら、呼び捨てでいいのよ。それよりほら、祝杯よ」
小灰によって不二のグラスには透き通る紫の飲料が注がれていく。
これはもしかして、と思ったが、ただのぶどう味の炭酸飲料だった。さすがに実年齢が成人でも身体が子供だと味覚も止まったままになるのだろうか。
そして、不二がぶどう味はチャーハンに合わないという事実に気がついたのはすこししてからだった。
小灰は平然としているが、口のなかに残ったわずかな甘みが邪魔をしてくる。
いっそのこととスープを流し込み、一瞬だけ地獄を作るが口のなかの環境は中華用に戻っていた。これで安心して料理が食べられる。
「おーい、不二! パンケーキあるぞ!」
しかし。不二がうろこに誘われたのは、生クリームといちごがいっぱいのパンケーキであった。
「あたしが作ったんだ。どうよ!」
と、言われても、口内の準備ができていなかった。水をもらえないだろうか、とすこしきょろきょろしていると、和紙には伝わってくれたのか、コップを渡してくれる。
水を半分くらいまで一気に飲んで、それからうろこ特製パンケーキに挑むこととなった。
「かなり甘いけど、がんばって」
どうやら、和紙はすでに一皿もらったようだが。
「私はもうむり」
そこまで甘ったるいのか。和紙には甘いものを食べているイメージがないからもしかするとあまり得意ではないのかもしれないが、ちょっと警戒する。
ナイフとフォークを慣れないなりに使って切り分け、ひときれを口に運ぶ。
焼きたてのおかげでまだ熱くて、数度息を吹き掛けてから、だ。
上に乗った甘いものたちの群れごと口に迎え入れ、咀嚼をはじめた瞬間に端の部分がすこしさくっといったのがおいしい。
やはり和紙が苦手なだけだったんだな、と納得して、もうひときれ。
……おかしい。パンケーキがふたたび円形に戻っている。先ほどその位置のは食べたはずなのに、復活している。
まさか、タチバナのように再生するパンケーキなのか。歴史的発見とまで連想し、もうひときれ取った瞬間に犯人がうろこであるとわかった。
まだまだあるぞ、と笑いながら補充してくる。これは、もういいとなるわけだ。
いまの一皿だけを貰ってもとの位置に戻り、甘いものを存分にほおばった。
「お、いいもの持ってきたじゃないか? いくつかもらうよ!」
しかし、リノは太らないからといっていつもすごくエネルギーを摂取している気がする。
ほんとうに燃やしきれているのだろうか。
「そういえば、城華くんがなにか呼びたそうにしてるけど」
「ありがとうございます、行ってきます」
リノの体型の心配より、城華の心配だ。
急いでテーブルの端からほぼ端まで移動して、希にも手招きされつつ城華のところ行った。
「見てみて! これ、不二お姉ちゃんの彼女さんが書いたの!」
「か、かのじょっ!?」
びくっと震える城華の前には、温かいオムライスが置いてある。中華メインなのになぜオムライスなのだろう。
しかし、ケチャップが文字の形をとっており、その内容を読み取って疑問はどこかへ消えた。
「だいすき♡だって! きゃー! きゃー!」
「だ、だって、希がそそのかすから……」
「お姉ちゃんたち、記念写真撮ろう! はい、チーズ!」
「やめてぇ!」
うろたえる城華ごと不二とハートの書かれたオムライスがカメラにおさめられ、希はとても楽しそうだ。たしかに城華の反応は楽しいものだろう。
一方で不二は悩んでいた。城華が愛情を注いでくれた料理だ。
食べるのは当然の理である。しかし、素直じゃない城華がこうしてだいすきだなんて書いてくれている。
もはやこれは崩せるものではない。彼女の気持ちをそのまま受け入れよう。
決意のもとに、不二はオムライスをすべてひとくちで口のなかに放り込もうとして全力で止められた。
さすがにそれは無理だと言われ不二もあきらめたが、結果は城華本人がだいすきの文字の上からケチャップをめちゃくちゃにかけて見えなくしてしまってから食べることになった。
不二はとても残念だったが、城華本人の意向だから仕方がない。
オムライスを口にいれると、とってもつよいケチャップの味がする。
一回書いた文字が見えなくなるまでかければ当然だった。酸味というかなんというか、トマト味がさっきのパンケーキの甘みと喧嘩することなくすべてを圧倒していく。
「……ばか。だいすきくらい、いつだって言ってあげるわよ」
そしてその城華のひとことは、ケチャップよりもすっぱくて、生クリームよりもあまくて、口のなかどころか不二の頭の中を駆け巡っていく。
思わず、不二はオムライスよりも城華が食べたくなった。いまは我慢の時だと抑えて、オムライスにまた向き合う。
こうして、食べて騒いで、楽しい時間が過ぎていく。タチバナたちのこんな時間が、次も訪れるといいなぁ、と。
いま願うのなら。みんなといっしょにいるという幸福を、ずっと続けていきたかった。
◇
タチバナたちが楽しんでいるあいだ、ストレセントたちの間ではあまりよろしい雰囲気が漂っていなかった。
エイロゥが本命としていたネヴラ・イヴで外し、とても落ち込んでいたためである。
「っく、円不二……あいつさえ、あいつさえ!」
「イヴが敗けた、かぁ。まぁ、あいつは好きじゃないし、このわたしがいるからどうでもいいけど」
「あぁ、イドルレが興味津々なのは天世リノだけでしたっけ。あの女もいまいましい、なぜあちらばかり」
うらみつらみをぶつぶつ唱え続けるエイロゥ。
ウートレアは愚痴で騒がれるのは趣味ではないためか、ヘッドフォンで音漏れするほどの激しい音楽を聴いている。
アメリィはもういない。
なら、聞いているのはイドルレだけだ。そして、そのイドルレも他のタチバナは眼中になかった。
「ほんっと、なんであいつはあんな星のもとに生まれてきたみたいな女なんだろう。だからこそ? 天世リノなんだけど?」
「えぇ……こうなれば、手を変えるしかない」
エイロゥは自らの書斎に戻っていく。イヴでだめなら、と。恐竜のストレセントでも量産を始めるのだろう。
数で押す、というのは、イヴやノエル相手にリノたちがやってきたことである。
「でもねエイロゥ。ここからのあいつ、そろそろ本腰いれてくるよ?」
イドルレには確信がある。これからはストレセントに勝利はないだろう。
自分がリノを打ち倒すほかは、エイロゥの粗製乱造では勝ちきれないし、ウートレアだけでは戦力が足りない。
しかしイドルレにはもうひとつ。
自分の考えていることがうまくいくしかありえないという確信をもっていた。
戦力が足りないのならば作るしかない。そのための最高のタネは、もうすぐ発芽するはずだ。




